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有鄰


有鄰の由来・論語里仁篇の中の「徳不孤、必有隣」から。 旧字体「鄰」は正字、村里の意。 題字は武者小路実篤。

平成12年12月10日  第397号  P1

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 『星の王子さま』の魅力 (1) (2) (3)
P4 ○鏑木清方と金沢の游心庵  八柳サエ
P5 ○人と作品  猪瀬直樹と『ピカレスク 太宰治伝        藤田昌司

 座談会

『星の王子さま』の魅力 (1)

   作 家   新井 満  
  大学講師   柳沢 淑枝  
  学習院大学名誉教授   山崎 庸一郎  
  本紙編集委員・文芸評論家   藤田 昌司  
              

はじめに

藤田 今年はサン = テグジュペリの生誕百年にあたり、それを記念して岩波書店からオリジナル版『星の王子さま』が 発行されたのを始め、サン = テグジュペリに関するさまざまな本が出されております。きょうご出席いただきました 皆さまも最近、それぞれ、サン = テグジュペリにまつわる本を出されており、蘊蓄のあるお話をお伺いできると思います。

座談会出席者
左から柳沢淑枝さん、山崎庸一郎氏、
新井満氏、藤田昌司氏
新井満さんは、電通にお勤めのかたわら、『尋ね人の時間』で第九十九回の芥川賞を受賞されました。作詩、 作曲、ビデオのプロデューサーなどもなさっておられます。『星になったサン = テグジュペリ』(文春ネスコ)を 出され、評判になっております。

柳沢淑枝さんはフランス文学がご専攻で、大学講師を務めていらっしゃいますが、『こころで読む「星の王子さま」』(成甲書房)を 出されました。

山崎庸一郎先生は学習院大学名誉教授で、『ド・ゴール大戦回顧録』(みすず書房)の訳でクローデル賞を受賞されました。 「サン = テグジュペリ・コレクション」(みすず書房)で『南方郵便機』『夜間飛行』などサン = テグジュペリのほとんどの 作品を翻訳されているほか『「星の王子さま」のひと』(新潮文庫)や『星の王子さまの秘密』(弥生書房)なども書かれており、 サン = テグジュペリ研究の日本における第一人者でいらっしゃいます。


『聖書』『資本論』に次ぐ世界のベストセラー

藤田
『星の王子さま』
サン = テグジュペリ著
『星の王子さま』
内藤濯訳 岩波書店
サン = テグジュペリというと、何といっても『星の王子さま』で、昭和二十六、七年ごろ、岩波少年文庫の編集 スタッフだった石井桃子さんが、英文の『星の王子さま』を偶然見つけられて、ガリマール社からフランス語の原文を 取り寄せて内藤濯さんの所に翻訳を頼みに行ったといういきさつがあります。

石井さんは、最初英文で読んだときに非常に面白いと思って周りの若い編集者たちに勧め、四、五日後に、どうだったと聞いたら、 「まだ面白いところまでいっていない」という返事だった。

それで石井さんはちょっと考えたそうです。いわゆる面白さというのが、全く種類の違った面白さで、そのために 今、日本では小さい子どもからお年寄りまで年齢をとわずベストセラーで、ロングセラーになっています。世界的にも 『聖書』に次ぐベストセラーともいわれているわけですが、その辺の秘密について、皆さんはどのようにお考えでしょうか。

山崎 非常に難しい質問ですね。先日、NHKでサン = テグジュペリの生誕百年の特集をやっていたのですが、通行人に 「『星の王子さま』をどう思いますか」と問いかけているシーンがありました。みんな「夢がある」とか「かわいい」とか 少しは言いますが、全体的に「読んでみてわからなかった」と言っていた。『星の王子さま』は確かに難しい作品で、 理解された上で愛されているのとは少し違うところがあると思います。

 

  かわいいイラストと悲しいストーリーのギャップが魅力

春原 新井さんは、いかがですか。

新井 どこかに『聖書』と『資本論』に次ぐベストセラーと書いてありましたね。その秘密がわかれば、僕もベス トセラーが書けるんですが…(笑)。おっしゃるように、一見、わかりにくい話ですよ。子どものときに読んで わけがわからなかった。何でこんなに人気があるのか、理解しがたいところがあります。

一つには絵のおかげです。あの下手くそな、サン = テグジュペリ自身が描いたという絵が、どうしようもなく かわいいんです。キツネにしてもバラの花にしても、星の大きさよりも巨大なバオバブの木も。絵があるから、 わかったような錯覚を起こすんです。

ところが、文章はわかりにくい。一言で言うと、せっかく仲よくなった王子は、最後はいなくなってしまうと いう喪失のストーリーで、非常に悲しく、せつない話です。だからそのギャップがまず魅力でしょうね。

藤田 日本でベストセラーになった理由の一つは、『星の王子さま』というタイトルが魅力的だったという気がしますね。 原題は『 Le Petit Prince』だから、小さな王子さまにすぎないし、他の国では『星の王子さま』と言っているわけでは ないのに、世界的にベストセラーになっている。日本と、特に旧ソ連が大変よく売れたそうですね。

 

  キラキラ光る言葉とサハラ砂漠で生まれた物語に感動

藤田 柳沢さんも魅力にとりつかれましたか。

柳沢 私も最初に読んだときはどうしてみんなが魅了されるのかわからなかったんです。たまたま、若い人が『星の王子さま』を 読むきっかけとなるような本を書いてほしいと頼まれて『こころで読む「星の王子さま」』を書いたんですが、 今度読み直してジーンときたのは、特に最後のシーンですね。

それから、所々にキラキラ光る言葉があります。たとえば、大人は子どもの気持ちをわかってくれないとか、 本当に大切なものは目に見えないとか、関係を持ったものに対しては責任があるとか。

そして、最後に飛行士が後書きを書きます。もし砂漠に行って、こういう風景の所に男の子が来たら、それは 星の王子さまと思ってほしい、そうしたら、彼が戻ったとすぐに自分に手紙を書いてほしいと。そのとき、これは サハラ砂漠で生まれた物語だ、是が非でもサハラ砂漠に行ってみたいという熱い思いがこみ上げてきて、実際に 行ってしまったんです。ですから二回目に読み終わったときはとても感動していました。

 

  少々古いが、何か新しいオブラートで包んである作品

藤田 今おっしゃったように、所々に何げない意外性のある言葉があり、それが魅力で引きつけられる。それは冒頭の レオン・ウェルトに捧げた献辞の中からありますね。「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、 そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」この言葉に誘惑された読者は多いんじゃないでしょうか。

山崎 そうですね。ただし、たとえば、飼いならしたものには責任があるとか、心で見なくちゃよく見えないとか、 いいアフォリズムだと思いますが、作中にも書かれているように、「これは忘れられたことなんだけどね」と いう形で、決して新しいことを言っているわけじゃない。

だから一つの本が売れるということには、誰にでも受け入れられるところがあって、少々古いけれども何か 新しいオブラートで包んである、そういう作品自体の質というものが必要なんでしょうね。それにこの作品は 適合しているんだと思いますね。



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