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第56回 2008年8月21日 |
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〜去りゆく人に贈りたい本〜 | |||||||||
今回のテーマは「去りゆく人に贈りたい本」。 お別れシーズンでもないのに季節外れではないか、と思われる方もいるかもしれないが、有隣堂では9月に人事異動があり、私が勤めている店舗でも何人かの上司や同僚が異動していかれる。 一緒に働いていた期間がたとえ1年足らずであっても、毎日のようにそこにあった顔がある日を境に見えなくなってしまうのは、仕方ないこととは言え、やはり寂しい。 今回は、甚だ個人的なテーマではあるが、去っていかれる方々にありったけの思いを込めて、3冊の本(の紹介文)をお贈りしたい。 |
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まず初めに、長嶋有『ぼくは落ち着きがない』。 舞台は、とある高校の「図書部」。 主人公・望美の視点を通して、クセのある部員たちのやりとりや望美の頭の中の空想が、つれづれなるままに、といった風情で描かれている。 著者の他の作品と同様、起伏のあるストーリーではないのだが、登場人物たちのくだらないやりとりが実に愉快で、バカバカしくて、なおかつ、いとおしい。 本書にはちょっとした仕掛けもあって、表紙カバーの裏に、登場人物たちの卒業後の様子が書かれている。 この後日談を読むと、日常の些事こそかけがえのない思い出になり得るのだと、しみじみ思う。 今、自分が一緒に働いている人たちとも、いつか必ず別々になる。 ずっと後になって思い出した時に一番なつかしく思い出すのは、この日常のなにげないやりとりなのだろうな、と思う。 この小説がもたらす余韻は、深い。 |
ぼくは落ち着きがない 長嶋有:著 光文社 1,575円 (5%税込) |
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次に、大崎梢『夏のくじら』。 本書のテーマは、高知県の名物「よさこい祭り」。 大学進学を機に高知の祖父母の家で暮らすことになった主人公の篤史。 従兄弟になかば強制的によさこいのチームに入れられ、8月の本番に向けて4月から準備と練習漬けの日々を送ることとなる。 4年前にたまたま参加したよさこい祭りで芽生えた、彼の恋の行方も気になるところだが、何と言っても本書の読みどころは、時に衝突や反目し合いながらも、最後には1つの目標に向かってメンバーが一丸となる、その絆の強さにある。 青春ものの見本のような小説だが、努力が結実した祭り当日の熱気と、本番後の爽快感は、読んでいてとても気持ちがいい。 この本を読んだら、自分もこんなチームを作りたい、こんなチームの一員になりたいと思う読者はきっと多いはずだ。 新天地に向かう方々に、是非読んでいただきたい1冊。 |
夏のくじら 大崎梢:著 文藝春秋 1,700円 (5%税込) |
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最後に、山本幸久『カイシャデイズ』。 もっと売れていい作家の1人、山本幸久の最新刊は、“お仕事小説の名手”の面目躍如と言っていい秀作。 「ココスペース」という内装会社が舞台の連作短編集だ。 これまで著者は、自分と同年代の主人公の視点からお仕事小説を書くことが多かったが、本書では、若手営業マンから社長まで幅広い年齢層の視点から描いていて、それが見事に成功している。 特に、巨瀬という社長の視点から描いた最後の短編がすばらしい。 この短編を読むと、上の立場に立つ人がこれまで培ってきた経験や思いといったものは、けっして侮ってはいけないものだ、ということがよく分かる。 巨瀬は社員が2人だけの会社でなりゆきで社長になり、以来30年、身の丈に合わないと感じながらも社長というポストにいる。 その間に会社は徐々に大きくなり、社員数も増え、当然ながら今はもう現場からは退いている。 「社長教育セミナー・三泊四日短期集中コース」という合宿を1日で脱走してくるようなキャラクターだ。 ギラギラしたところの全く感じられないそんな彼にも、仲間が会社を辞めると言い出した時に「おまえを殺して、おれも死ぬ」と叫んだ過去があった、というエピソードにはとても感じ入るものがある。 本書の最後に彼が到達する思いにも、胸が熱くなる。 最後のページを読んだら、今この場所で、周りにいる仲間と頑張って仕事していこう、と思わずにはいられない。 集まり散じて人は代わっていく。 それは、とてもせつないことだけれど、同時に、とても不可思議で、とても貴いことのように思えてならない。 本書を読むと心からそう思えるのだ。 |
カイシャデイズ 山本幸久:著 文藝春秋 1,450円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
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