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第59回 2008年10月9日 |
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〜短編小説集の愉悦〜 | |||||||||
今回とりあげる3冊はいずれも中・短編小説集。 1編読み終えるごとにほっとひと息ついて物語の余韻に浸り、次はどんな素敵な世界が待っているのだろうと期待で胸を膨らませることのできるような本をご紹介したい。 長編にはまって徹夜で一気読み!というのもいいが、短編小説集も読書の秋を堪能するのにはうってつけだと思う。 |
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まず初めに、ジュンパ・ラヒリ『見知らぬ場所』。 著者はロンドンで生まれ、現在はニューヨークに暮らしているが、両親はインドのカルカッタ出身。 本書に収められた短編は、欧米に暮らすインド人2世が主人公で、著者の出自が色濃く反映されている作品が多い。 インドで育った親の世代とアメリカで育った子供の世代の文化的相違や、アメリカ社会の中でマイノリティがいかにしてアイデンティティを見出していくかについても考えさせられるが、本書を読んでつくづく感じるのは、バックグラウンドも住んでいる国も違うというのに、登場人物たちが日々思い煩っていることは私達の悩みとそう違いがないということだ。 たとえば、1人暮らしの年老いた父を心配しつつも同居することには二の足を踏む娘。 結婚した途端に孤独が恋しくなる夫。 大学をドロップアウトして酒びたりになっていく弟を心配する姉、等。 まるで私たちのすぐ隣で起きていることのように作品世界が立ち現れてくるのがラヒリの小説の魅力だ。 普遍性を持つ小説には、読者の孤独感を和らげる力がある。 |
見知らぬ場所 ジュンパ・ラヒリ:著 新潮社 2,415円 (5%税込) |
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次に、山本文緒の8年ぶりの小説『アカペラ』。 弱った心を優しく包み込んでくれるような中編小説集。 おじいちゃんに恋をする女子中学生、20年ぶりに故郷に帰った38歳の男、病気の弟を養う50歳の独身女性。 それぞれの事情を抱えながらも懸命に生きている主人公を描いた中編が3編収められている。 人間って健気な生き物だなと思わせる山本文緒の筆致は、8年のブランクを全く感じさせることがない。 以前、インタビューで「人は1人では生きられない。 でも1人で生きていかなくてはならない」と著者が話していたが、この思いを小説の形にして表したのが、まさにこの本だ。 1人で生きていかなくてはならない人間に対する温かい眼差しが感じられる1冊だ。 |
アカペラ 山本文緒:著 新潮社 1,470円 (5%税込) |
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最後に、長岡弘樹『傍聞き』を。 本書に収められた4つの短編の主人公は、犯罪者厚生施設の保護司、消防隊員、刑事、救急隊員。 彼らが仕事で遭遇した事件にまつわるちょっとした謎解きが本書の読みどころ。 けっして血腥い事件ではなく、日常ミステリーに分類して差し支えない内容で、読み終わった後は胸が温かくなる短編ばかりだ。 また、世のため人のために働く主人公たちが、徒労感を感じながらも最後には自分の仕事の意義を知る。 本書は、読み終わった後に元気な気持ちになれるお仕事小説でもある。 特筆したいのは、第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作「傍聞き(かたえぎき)」。 「傍聞き」とは、ある人に伝えたい情報を本人に直接伝えるのではなく、その人に聞こえるように近くにいる人に喋ること。 そのほうが、直接言われるよりも信じる可能性が高いとのこと。 漏れ聞き効果、とも言うそう。 本作品は、この言葉をキーワードにして、事件の解決と親子の交流を描いた名短編である。 短編小説の面白さを堪能させてくれる作品だ。 本書と同様、著者のデビュー作『陽だまりの偽り』も強くお勧めしたい。 |
傍聞き 長岡弘樹:著 双葉社 1,470円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
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