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第65回 2009年1月8日


●執筆者紹介●


加藤泉
有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

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  〜第140回直木賞大予想〜
  (この鼎談はフィクションであり、実在する人物・小説上の人物とは関係ありません)
 
 
平尾才助
(55歳…書店員歴33年)

悠木和雅
(44歳…書店員歴15年)

野口魚子
(33歳…書店員歴6年)
  悠木:   さあ、いよいよ直木賞の季節がやってまいりました。
 
  野口:   今回も私たちは本命・対抗・大穴と予想しなくてはならない辛い立場にいます。
 
  平尾:   毎度のことながら、誰にも頼まれてないけどな。
 
  野口:   前回、私たちは大きく外してしまったので、今回は名誉挽回しなくてはなりません。
 
  悠木:   今回は候補作家6人中、初ノミネートが3人、3度目の候補が3人ときれいに分かれています。
 
  野口:   予想するのが易しいような、難しいような…。
 
  平尾:   外れてもともとのつもりで気楽にやろうぜ。 我々の使命はお客様に少しでも興味を持っていただくことなんだから。
 



悼む人・表紙画像
悼む人

天童荒太:著

文藝春秋
1,700円
(5%税込)

   本命・天童荒太 『悼む人』(文藝春秋)
 
  悠木:    天童荒太は3度目の候補です。
 
  平尾:   鉄板だな。 第140回直木賞は『悼む人』に決定! 以上。
 
  悠木:   ちょっと待ってください! もう少しこの作品について語ってくださいよ。
 
  平尾:   だって、版元は文藝春秋だし、これで獲らなかったら一体何があったのか、って逆に大騒ぎになるぞ。
 
  野口:   そうですね。 天童荒太は『永遠の仔』と『あふれた愛』で候補になったことがありますが、あの2作と違って『悼む人』は重いテーマを扱っていながらも読後感がすこぶる良かったです。
 
  平尾:   確かに、読んでいて生きるのが辛くなりました、ってことはなかったな。
 
  悠木:   あれ? 野口は最初、この作品に拒否反応を示してなかったか?
 
  野口:   はい。 悼む旅を続ける男の話と聞いて、ああ、またお涙頂戴ものか、と思ってしまったのですが、読んでいくうちに、軽く考えていた自分が恥ずかしくなりました。 ものすごい覚悟でこの小説が書かれたことが伝わってきました。
 
  悠木:   ミステリー的な要素もあって、読者を飽きさせないところもポイントが高いですね。
 
  平尾:   だから鉄板なんだって! 次いくぞ。
 



きのうの世界・表紙画像
きのうの世界

恩田陸:著

講談社
1,785円
(5%税込)

   対抗・恩田陸 『きのうの世界』(講談社)
 
  悠木:    恩田陸は3度目の候補です。 キャリアから言って受賞する力はじゅうぶんにある作家ですが…。
 
  野口:   選考委員の五木寛之先生が毎回恩田陸に高評価を付けています。 五木先生がゴリ押しすれば、3度目の正直もあり得るかもしれません。
 
  悠木:   ただ、今回候補になった『きのうの世界』は、直木賞を獲りにくいとされているバリバリのミステリーですからね。
 
  野口:   悠木さんみたいなミステリー読みはともかく、平尾さんのようにミステリーを読み慣れていない人にはどうなんでしょうねぇ?
 
  平尾:   何が何だかさっぱり分からなかった。
 
  悠木:   ええっ! 本当ですか? 私にはすごく面白かったのですが。
 
  野口:   ある会社員が失踪して、1年後にM町という離れた土地で彼の死体が発見されるところから始まります。
 
  悠木:   この事件を探っていくうちに、M町に隠されている壮大な秘密が明らかになります。 これが、のけぞるほどすごいオチなんだけどなぁ。
 
  野口:   その「壮大な」部分を選考委員の先生方が評価してくださるかどうかにかかってきますね。
 
  平尾:   壮大すぎて、私のように付いていけない人もいるかもな。
 



いのちなりけり・表紙画像
いのちなりけり
葉室麟:著

文藝春秋
1,575円
(5%税込)

   大穴・葉室麟 『いのちなりけり』(文藝春秋)
 
  野口:    今回の候補作の傾向は大きく2つに分かれています。 現代小説が3作と時代小説が3作。 それぞれから1作選ばれるとしたら、現代ものは『悼む人』、時代ものでは、この『いのちなりけり』ではないかと。
 
  平尾:   版元で決めたのか?
 
  野口:   違いますよ!…と言いたいところですが、今回候補になっている時代小説はいずれも甲乙付けがたいほど素晴らしい作品ばかりなんですよね。 だから、版元で決めちゃいました!ペロッ。
 
  平尾:   なんだ、その「ペロッ」は。
 
  悠木:   著者の葉室麟は初めてのノミネートです。 2007年『銀漢の賦』で松本清張賞を受賞していますので、文藝春秋期待の時代小説作家ではないでしょうか。
 
  平尾:   まあ、初候補で受賞するのは難しいかもしれないな。
 
  悠木:   今回の候補はお披露目的な意味合いが強いのかもしれません。 いずれ授賞するための布石というか。
 
  野口:   作品自体も素晴らしいんですよ! 無骨ながら清清しい志をもった主人公がいいんですよ。 個人的に、2008年の好感度ナンバーワン有名人はこの人です。
 
  悠木:   主人公の一途な恋心に加えて、将軍綱吉と水戸光圀の対立や、主人公が仕える佐賀鍋島藩のお家騒動などが絡んできて、読み応えじゅうぶんです。
 
  平尾:   ひょっとするとひょっとするかもしれないな。
 



汐のなごり・表紙画像
汐のなごり
北重人:著

徳間書店
1,785円
(5%税込)

   北重人 『汐のなごり』(徳間書店)
 
  野口:    今回候補になった時代小説トリオのうちの1作、北重人の『汐のなごり』です。
 
  悠木:    北重人は初めての候補ですね。
 
  平尾:   おおっ!この作品はすごく良かったぞ。 藤沢周平を読んでいるような気持ちになった。
 
  悠木:   はい。 東北を舞台にした短編集です。 静謐とした筆致が印象的で、人情が余韻をもたせます。 共通点が多いですね。
 
  野口:   今回の時代小説はどの作品が受賞してもおかしくないですよ。
 
  悠木:   余談ですが、北重人と山本兼一は2004年に松本清張賞を争っています。 結果は、山本兼一の『火天の城』が受賞しています。 このときに落選した北重人の「天明、彦十店始末」が選考委員の大沢在昌と伊集院静の強い推薦により『夏の椿』として出版が決定。 異例のデビューとなったわけです。
 
  野口:   お二方とも、文藝春秋とは浅からぬ縁のある作家ということですね。
 
  平尾:   分かった。 北重人は次に文藝春秋から出版される作品で受賞するに違いないな。
 



カラスの親指・表紙画像
カラスの親指
道尾秀介:著

講談社
1,785円
(5%税込)

   道尾秀介 『カラスの親指』 (講談社)
 
  悠木:    道尾秀介は初ノミネートです。
 
  野口:    ミステリー界期待の若手作家ですね。 書店員からの支持も高いです。
 
  悠木:   道尾秀介の作品はトリックが巧みということで定評があります。 ミステリー好きにはたまらないのですが…。
 
  平尾:   いやあ、これは面白かったぞ。 映画の「スティング」のような面白さだった。
 
  悠木:   はい。 2人組の詐欺師が、かつて自分たちを辛い目にあわせたヤミ金融会社に一泡吹かせようとする話です。
 
  野口:   ドンデン返しの連続で飽きさせない上、ディテイルも凝っています。
 
  悠木:   読後感もすごくいいですね。 これまでの道尾作品の中では最も直木賞向きだと思いますが…。
 
  平尾:   初ノミネートで受賞は難しいかもしれないな。
 
  悠木:   そうですね。 この作家も“お披露目”ということで。
 



利休にたずねよ・表紙画像
利休にたずねよ
山本兼一:著

PHP研究所
1,890円
(5%税込)

   山本兼一 『利休にたずねよ』 (PHP研究所)
 
  野口:    時代小説トリオの3作目は、山本兼一『利休にたずねよ』です。
 
  悠木:   山本兼一は3度目の候補ですね。
 
  平尾:   利休vs秀吉という使い古されたテーマでありながら、確かに読ませる作品だ。
 
  悠木:   利休切腹の日から、章を重ねるごとに時間が遡っていくという構成が面白いですね。 視点人物が替わっていくあたりも巧いです。
 
  野口:   利休が美の追求者になっていく背景にはある1人の女性の存在があった、という設定は、渡辺淳一先生あたりが高く評価されるかもしれません。
 
  悠木:   利休の審美眼が描かれる場面にも感心しました。 茶碗を畳一目ずらしただけで調和がまるで違ってくるあたりなど。
 
  野口:   利休ものを初めて読んだ私にも面白く感じられました。
 
  平尾:   ひょっとするとひょっとするかもな。
 


 
  悠木:    以上の6作が今回の候補作です。
 
  野口:   どれもすばらしい作品ばかりで、どれが受賞してもおかしくないですね。
 
  平尾:   どれか1冊でいいから、1人でも多くの人に味わってほしいな。
 
  悠木:   発表が今から楽しみですね。 第140回直木賞、発表は1月15日の夜です。 皆様、お楽しみに!
 
 
文・読書推進委員 加藤泉

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