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有鄰


平成11年12月10日  第385号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 今、歴史に学ぶこと (1) (2) (3)
P4 ○茅ヶ崎と小津見たまま  石坂昌三
P5 ○人と作品  山本文緒と『落花流水』        藤田昌司

 人と作品

現在を頂点に、過去と近未来の60年の恋の満月を描く

山本文緒と落花流水
 



  十年を一区切りにドラマを展開

 『落花流水』(集英社)は『恋愛中毒』(吉川英治文学新人賞)で注目を浴びた山本文緒さんの最新作長編。 『恋愛中毒』は恋にハマってしまった駆け出し翻訳家の女性の、女の人生と恋の因子に新しい光を当てた作品 だったが、『落花流水』は女ざかりにある一人の女性の現在を頂点に、その過去と近未来の六十年の恋の歳月を 描き、手法も思考も斬新だ。

 「『恋愛中毒』は自分と等身大の恋愛ものという意図で書いたのですが、今度の作品はもう少し大人の読者 にも読んでもらいたいと挑戦してみました」

山本文緒さん
山本文緒さん
 全編は七章に分かれる。第一章「夏の音」は一九六七年という時代設定。以下、章を追って十年ごとの ドラマが展開される趣向で、第四章「落花流水」が一九九七年、つまり現代で、主人公のマリは三十七歳、 作者と同世代の女ざかりだ。

 第一章のマリは、まだ七歳で、隣に住む日米混血の少年マーティルと幼なじみ。マリは母が病死したため、 律子というマリの姉に引き取られるが、この姉こそマリの実の母だった。一方、マーティルのアメリカ人の 母は帰国したまま、やがて父と離婚、マーティルも母のもとへ。十年後、第二章のマリは十七歳、恋人と仕事を 転々とする母と貧しいアパート暮らし。一度は自殺も決意する。

 第三章は一九八七年。母の律子は結婚するものの、相変わらず奔放な愛欲に生きる日々。家があって、 家族があって、働く必要がなくて、おまけに一回り以上年下の浮気相手までいる生活。この年、二十七歳に なった娘のマリが、
「子供ができてしまった」ために結婚。律子は育児や家事をあてにされてはかなわないと、夫のクレジットカードと マリの預金通帳を持って出奔してしまう。

 そして第四章の現代。三十七歳のマリは母がいなくなって、しばらく平静になり、義父の家に夫と義弟正弘、 娘の姫乃とともに暮らす日々のなかで、マーティルと再会する。マーティルは定職に就かずに世界を放浪する ヴァガボンドになっていた。あらためて結婚を申し込むマーティルに、マリが同意しないと、マーティルは 娘の姫乃をさらっていく……。

 このように、この作品は、十年を一区切りとして章をたて、ドラマを展開していくという新しい手法をとって いるが、同時に各章ごとにマリ、母の律子、マーティル、娘の姫乃というようにドラマの主人公を変えていく という手法をとっている。
「六十年という長い年月の、しかも三代にわたる物語なので、視点を変えてみることにしたのです。 自分の人生は一回しかありませんが、人の子は大きくなるのが早く、あっという間に大人になって終わって しまうように感じられますので、他人の目で見てみたいと考えました。多くの人の目にはこういうふうに しか見えないのかという読後感が残るといいな、と考えたわけです」

  恋に対する作者の冷めた目が全編に

 第五章以降のあらすじを紹介すれば、二〇〇七年、マリは四十七歳。血のつながらない正弘に恋心を抱いた 姫乃はそれが受け入れられないといって家出。正弘はマーティルを追って家出した義姉マリと再会する。マリは マーティルと東北の農村で定年帰農者の農場で働いていた。だが、その生活も長くは続かない。二〇一七年、 五十七歳のマリは大手アパレル会社の女性社長に雇われたホームヘルパー。

 二〇二七年の最終章になると六十七歳のマリは都心から離れたリタイアメントタウンで独り暮らし。 アルツハイマーでボヤを起こす。三十九歳になった姫乃は女優として活躍した後、芸能プロダクションの社長 として若いタレントを発掘、売り出しで成功。もちろん若い男のタレントとはフリーセックス。全編に通じて いるのは恋というものに対する作者の冷めた目だ。例えば作者に最も近いと思われるマリに、こんな独白がある。

〈私には恋愛感情というものが、いまだによく分からない〉

〈恋愛のためなら何を犠牲にしても、誰を傷つけてもいいと思っている種類の人がいる。そういう人達が私は嫌いだ〉

〈夫が一方的に妻を養う時代が終わったのはいいことだと思うが、それに伴ってどうも男の人が幼稚になって いるように感じられて仕方なかった。……〉

「でも、マリは私の分身じゃありません。むしろマリは苦手のタイプです。しかし女が男を振り回す時代に なったことは間違いありませんね。この小説は周囲を観察しながら書きました。同年代の女性を見ていると、 結婚を言い出すのも離婚を言い出すのも、九九パーセント女の方です」。
山本さんは横浜市生まれ。
1,470円(5%税込)。

(藤田昌司)


(敬称略)


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