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平成14年4月10日 第413号 P5 |
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目次 | |
P1 | ○オペラ「春香」 高木東六、高木緑 |
P2 P3 P4 | ○座談会 わが愛する丹沢 (1) (2) (3) |
P5 | ○人と作品 早瀬詠一郎と『しらべの緒』 藤田昌司 |
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人と作品 |
芸道における“色”とは何かを追求する 早瀬詠一郎と『しらべの緒』 |
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楽屋から見た芸道の世界を描く 『しらべの緒』(集英社)という表題は邦楽の鼓(つづみ)に由来する。〈鼓には前後二枚の革が張られている。その二枚をつなぐのは胴だが、そこにからんで音を締めたり弛めたりする紐のことをいう。調子も音色も、しらべの緒ひとつの加減で定まった〉という。この小説は、その緒に男女のかかわりをたとえて伝統的な舞踊・邦楽の世界で重視される・色・を描いた珍しい作品だ。作者の早瀬詠一郎氏は、放送作家として活躍する一方、岡本紋弥の名をもつ「新内」語りの師匠でもある。
この小説の主人公・梓は四十歳。エリート医師の妻で、二女の母でもある。日舞を修得し名取の資格をもつ。八十歳になっても現役として活躍する師匠・勘寿の舞台を見に来て、鳴物方の能管の甲高い音色が〈足の裏から、脚の付け根まで、裂けよとばかりに伝わってきた〉ことから、新しい世界が始まる。 梓はその笛方、橋戸桟月の弟子となって稽古場へ通うことになるのだ。桟月のもとには墨染めの若者が内弟子として仕えている。二人は普通の間柄ではないらしい。桟月にも淫蕩な噂が多い。 それを承知で、というより、半ばそれを期待して梓は桟月のもとへ通うのだ。こういう設定によって作者は芸道における〈色〉とは何かを追求するのである。 「“色”であって、べたべたした“色気”ではありません。抑えてもにじみ出てくるのが“色”です」 世阿弥のいう「秘すれば花、秘さずば花なるべからず」に通じる心の有り様だろうか。しかし、何気なく座った姿勢や足運びなどの挙措の端々ににじみ出る“色"を体得する色ごとの修行は、いい得べくしてたやすいことではない。 〈遊びであっても、本気であってもいけない。そのどちらともつかない色ごとが、「肥し」となってゆくのではないかと思う。〉 と作者は述べ、その“虚実の皮膜”に真実があるのだというのだ。こうして梓は、色の虚実の皮膜をさまよい歩くことになる。 “型”では教えられない形が“色”
「芸道ににじみ出てくる“色"はパターンからは出てきません。大切なのは“型"ではなく“形"なんです。古典の芸道のすごさは人間の寿命をはるかに越えていることでしょう。三世代経ってようやく一つの形ができてくるのです。
バカな継承者は、ただ“型"だけを伝えようとしますが、そんなのは死んだものです。“型"のように簡単には教えられない形が“色"です。僕はそこで“狂え"と言っているんです。“狂う"というのは何かを“切る"ことです。
切る——カットではありません。切ない・切迫する・緊切する・切実……の切です。この切は“歎き"です」
(藤田昌司)
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