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平成15年8月10日 第429号 P1 |
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目次 | |
P1 P2 P3 | ○座談会 関東大震災80年 (1) (2) (3) |
P4 | ○フランス山の風車 中武香奈美 |
P5 | ○人と作品 清原康正と『山本周五郎のことば』 藤田昌司 |
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座談会 関東大震災80年 (1)
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左記のような表記がある画像は、クリックすると大きな画像が見られます。 |
はじめに |
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篠崎 |
関東大震災では、東京・神奈川・千葉を中心とした地域をマグニチュード7.9の地震が襲い、一都九県におよぶ被害は全壊全焼流失家屋29万4,000棟、死者・行方不明者10万5,000人と推定されています。なかでも神奈川県は震源に近く、大きな被害が出ましたが、その詳細は明らかにされていません。そこで、関東地震・震災はどのようなものだったのか、また、それを今後どのように生かしていけばいいのか、お話しいただけばと存じます。 ご出席いただきました今井清一先生は、横浜市立大学名誉教授でいらっしゃいます。近・現代日本政治史がご専攻で、ご専門のお立場から、長年、関東大震災にかかわってこられました。大震災70年目の、小紙の座談会にもご出席いただいております。現在は、横浜から関東大震災を見直されております。 武村雅之先生は、鹿島(かじま)建設小堀研究室地震地盤研究部長でいらっしゃいます。地震学・地震工学がご専門で、被害に関する資料や体験記録などをもとに関東地震の解析に取り組んでおられるかたわら、地震を正しく理解してもらうため、市民レベルでの活動も精力的にされております。 寺嵜弘康先生は、神奈川県立歴史博物館主任学芸員でいらっしゃいます。博物館では、7月26日から9月7日まで、特別展「80年目の記憶−関東大震災といま」を開催されておりますが、その中心となって準備を進められました。 |
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篠崎 | 地震がなぜ起こるか、その辺からお願いできますか。 |
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武村 |
地震の起こる場所(震源)は断層です。断層というのは、岩盤がある面を境にずれる現象です。関東地震は小田原あたりから房総半島の南にかけての断層がずれました。 南関東周辺は、相模トラフ(海溝)から、年間約4センチの速度で北上してきたフィリピン海プレートが日本列島の下に潜り込んでいる。フィリピン海プレートが沈み込むときに、陸のプレート(日本列島)を少しずつ引っ張り込んでいるんですが、その引っ張り込みが限界を超えると陸側が跳ね返って地震が起こる。そのときの震動が地表に伝わって被害を起こす。と同時に、断層運動による海底隆起で持ち上げられた海水が津波になる。このような地震は海のプレートと陸のプレートの境界が断層になっているのでプレート境界地震と言われています。関東地震もこれにあたります。大正の前に、元禄(1703年)にも同じ種類の地震が起きている。地震が繰り返し起きているわけです。 |
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大きな余震がいくつも起こるのが関東地震の特徴 |
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武村 |
もう一つ、フィリピン海プレートの境界は相模トラフから陸上に入り、丹沢辺りを通って駿河トラフ・南海トラフにつながっています。この境界は、かつては陸から離れていて、まっすぐだったのですが、プレートの北上に伴って、プレート上の大きな島だった伊豆半島が海溝に衝突し、日本列島の下に潜り込めないでくっつき、境界をどんどん奥に引っ張っていったため、境界が船の舳先のように陸に食い込んでいる。
このため、ふつうは海で起こるプレート境界地震が陸の真下で起こるようになった。このような場所は、日本では相模トラフに面した南関東地方と駿河トラフに面した東海地方だけなんです。そういう意味では、関東地震はプレート境界地震でもあるし直下型地震でもある。しかもマグニチュード8クラスですから、非常に大きい震源断層を持っているので、広い範囲が強烈な揺れになってしまう。 |
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篠崎 |
マグニチュードというのは何の大きさですか?
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武村 |
震源の大きさを表す尺度です。
それで、フィリピン海プレートは相模トラフ、駿河トラフでは潜り込んでいますが、伊豆半島は潜り込んでない。こういうふうに、すべるところとすべらないところがあるので、地震で、すべるところが断層として動くと、ふつうのプレート境界と違ってその周りで複雑に力がたまり、大きな余震がいくつも起こる。これも関東地震の特徴です。 |
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東京より強烈だった横浜の本震の揺れ |
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今井 |
どのぐらいの余震があったのですか。
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武村 | マグニチュード7クラスが六つです。五つが9月2日まで、一つは翌年の1月15日に丹沢で起きた。
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今井 |
第二波は余震になるんですか。
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武村 | そうです。11時58分32秒に本震が始まり、震源断層が全部すべるのに1分ぐらいかかり、第二波(最初の余震)は12時1分頃に東京湾北部で、マグニチュード7クラスと思われる。
これは当時の体験談から推測できるんです。東京では関東地震は3回来たと必ず書いてある。それから二番目が一番強かったとあるのが多い。それが横浜では二番目が強かったという体験がなくなる。本震の揺れが、東京より横浜のほうが強かったからです。 |
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今井 |
劇作家で市会議員の山崎紫紅は西区戸部の自宅で震災に遭いますが、二震目で土蔵が潰れ、驚いています。
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武村 | 本震で潰れかけていたのかもしれないけれど、建物を壊してしまうほどの揺れだから、二震目も横浜では相当強かった。三震目は12時3分頃。小田原やもっと西のほうは三震目が強いんです。
岐阜の測候所で本震と二震目と三震目がはっきり分かれた記録が見つかり、そのP波とS波から、二震目の震源は東京あたり、三震目は山梨県の東部あたりということが確認されました。 |
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P波は上下のS波は水平の揺れに |
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篠崎 | P波とS波からどうして震源がわかるのですか。 |
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武村 | 地震は、震源から二種類の波を出します。波の進む方向に対して前後に揺れる縦波と、左右に揺れる横波です。縦波(P波)はプライマリー・ウェーブで最初に来る波、横波(S波)は二番目でセコンドリー。地表まで伝わる速度は縦波のほうが速いので、まず縦波が来る。それから二番目の横波が来るまでの時間は、震源から離れるほど長くなる。それで震源までの距離がわかるわけです。
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今井 |
それと、地震の揺れの上下動、水平動とは関係があるんですか。
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武村 |
あります。地震波は地表に近づくと、ほとんど真下から来る。そうすると、縦波は上下の揺れになり、横波は水平の揺れになる。
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今井 |
一つの地震で、上下動と水平動とがペアになって続いてくるわけですね。
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武村 | 理想的にはそうですが、実際はもっと複雑で、水平動と上下動が入り交じった揺れ方をしている。 |