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第90回 2010年1月21日 |
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〜犯罪小説から教わること〜 | |||||||||
今年必読の1冊に数えられるであろう作品が早くも登場しようとしている。 去年『巡礼』が話題になった橋本治の最新刊、『橋』だ。 1981年、日本の片田舎で田村雅美と大川ちひろという2人の小学生が、雨の中、下校している場面で本書は幕を開ける。 明記されてはいないものの、この2人のモデルとなっている人物は、秋田連続児童殺害事件の畠山鈴香被告と渋谷エリートバラバラ殺人事件の三橋歌織被告である。 その辺にいそうな小学生である彼女たちが、どうして殺人犯となったのか? 本書はそれを、戦後日本社会の変遷という観点から炙り出そうとした長編小説だ。 著者は、彼女たちの両親の世代にまで遡って、戦後から現代にかけての一市民の生活を、微に入り細を穿つかのごとく描写する。 読み進めていくうちに、何をやっても満たされない倦怠感が雅美とちひろの周りに渦巻いていることに気づかされる。 そこでふと、空恐ろしい気持ちにさせられるのは、この「満たされない空気」が、彼女たちの周りだけではなく時代全体を覆っているものだということが分かるからだ。 ひょっとしたらこの小説の主人公は、自分か、あるいは自分の身近にいる人であったかもしれないと思うからだ。 世の中のすべての殺人を「時代」のせいにすることはできない。 がしかし、社会が怪物を生みだし得るということは覚えておかなくてはならない。 本書は、それを果敢に描いている小説だ。 橋本治は「われらの時代の伴走者」と呼ぶのに相応しい作家の1人だ。 |
橋 橋本治:著 文藝春秋 1,470円 (5%税込) |
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次に、喜多由布子『凍裂』を。 料理研究家として成功している裕福な家庭の主婦が、ある日突然夫を刺した。 幸せな主婦に一体何が起きたのか? 夫の同僚、妻の弟、旧友など、章ごとに代わる視点人物の語りから、この家庭に隠された闇が明らかになっていく。 この構成から、湊かなえ『告白』を思い出す。 だが、本書は『告白』のようなミステリーではない。 最後に明かされる動機自体にも、特に驚くべきものではない。 では、本書から何を読み取るべきかというと、ひとつの出来事は見方によっていかようにも解釈することができる、ということだ。 ある事件が起きたとき、一面からのみ見て判断していいのだろうか、と本書は警鐘を鳴らしているのだ。 著者の喜多由布子は、2006年に『アイスグリーンの恋人』で単行本デビューし、本書は4冊目。 渡辺淳一氏も熱烈なエールを送っている、北海道在住の女性作家。 |
凍裂 喜多由布子:著 講談社 1,575円 (5%税込) |
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『凍裂』とは逆に、犯行の「動機」が読みどころになっているのが、大門剛明『罪火』。 過去に、過失で人を死なせてしまった青年。 更生して派遣社員として社会復帰した彼が恩師の娘を殺した。 この殺人事件に秘められた真の動機とは? 伏線が張り巡らされ、最後にあっと驚く結末が用意されていてミステリーとして十分楽しめるが、深く考えれば考えるほど難しい問題を孕んだ1冊でもある。 それは、家族を殺害された場合、あなたは犯人を許せるか、という問題だ。 当然許せないと思う読者は多いだろうが、本書には、この難問を前に苦悩する人物がたくさん登場する。 人は罪を本当に許すことができるのか。 また、人は自ら犯した罪を心から悔い改めることはできるのか。 自分が彼らの立場だったらどうするか、考えせられる1冊だ。 著者は「雪冤」で第29回横溝正史ミステリ大賞・テレビ東京賞を受賞し、単行本デビュー。 本書は2冊目となる。 社会派ミステリーの期待の星だ。 |
罪火 大門剛明:著 角川書店 1,575円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
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