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第3回 2006年6月15日


●執筆者紹介●


加藤泉
有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

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  作家・中島京子の魅力
(※今回は対談形式でお送りいたします)

  〜はじめに〜
 
 加藤:   今回は、『ツアー1989』が発売になったばかりの中島京子さんについてご紹介しようということで、ゲストをお招きしました。 有隣堂読書推進委員長の中村努さんです。
 
 中村:   大好きな中島京子さんについてお話できて嬉しいです。
 

    『イトウの恋』
 

イトウの恋・表紙画像
イトウの恋

講談社
1,680円
(5%税込)
 加藤: 中村さんは去年、中島京子さんの『イトウの恋』を絶賛されていましたよね。 この『イトウの恋』の舞台は明治時代の横浜。 母親ほど年の離れたイギリス人旅行家に恋をした通訳兼ガイドの伊藤亀吉が主人公です。
 
 中村: このイギリス人旅行家というのはイザベラ・バードで、伊藤亀吉は伊藤鶴吉という実在した通訳がモデルなんですよね。
 
 加藤: はい。 どうしたって叶うことのない恋を「運命の恋」と錯覚してしまうイトウの一途さや不器用さがいとおしかったです。
 
 中村: そう。 この小説を読んで、この作者は恋心というものを本当によく分かっているんだな、と思いました。 忍ぶ恋のつらさっていうのかな?
 
 加藤: コテコテの恋愛小説を読んでいると、他人の恋愛などどうでもいい、と私は思ってしまうのですが、そんなアイアン・メイデンの心の琴線にも触れたぐらいですから『イトウの恋』はただの恋愛小説ではないと思いました。 この本を読んだ後、見慣れた横浜の風景が少し違って見えたくらいです。 自分は歴史の歯車の中の一部なのだと思わせる力がこの本にはあると思います。
 
 中村: そうなんですよ、それがこの作家の力なんですよね。 技巧に走っているわけではないのに読ませる力は抜群ですね。 この素晴らしい作品を1人でも多くの人に読んで欲しいと思います。
 

    『FUTON』
 

FUTON・表紙画像
FUTON


講談社
1,680円
(5%税込)
 加藤:   それではデビュー作に戻って『FUTON』はいかがでしょう?
 
 中村:   この作品もいいですね。 田山花袋の『蒲団』(新潮文庫)がモチーフになっていて。
 
 加藤:
  『FUTON』の中でとても印象に残っているのが、古いものと新しいものが出会うことに興味がある、新しいことの中で存在している古いものの感触に関心がある、というセリフです。
 
 中村:   この作家の特質を表している部分ですね。
 
 加藤:   この作品の中で、「蒲団の打ち直し」と称して花袋の『蒲団』を改作していますよね。
 
 中村:   女弟子の蒲団に顔を埋める男の「妻」の視点で書かれていますね。
 
 加藤:   それがとにかく面白かったです。 花袋の『蒲団』では、妻は全くの脇役です。 脇役の人生にまで想いを馳せるというのは、1つの小説を2倍にも3倍にも面白くするのではないかと常々思っているのですが、それが1つの作品にまで高じてしまったのが、この『FUTON』です。
 
 中村:   本歌取りが上手いってことですね、この作家は。 1つの作品なり人物から想像力を膨らませることのできる作家ということですね。
 

    『ツアー1989』
 

ツアー1989・表紙画像
ツアー1989


集英社
1,680円
(5%税込)
 加藤:   さて、最新刊『ツアー1989』です。
 
 中村:   新刊なので、まだ途中までしか読んでないんです。
 
 加藤:   1989年から1992年にかけてある旅行会社が企画した「迷子つきツアー」というのがあって、1989年の香港ツアーの最中、実際に1人の青年が消えてしまいます。 本書の舞台はそれから15年後の日本で、失踪した青年の恋文を受け取る主婦、一緒にツアーに参加していたサラリーマン、添乗員の女性らが当時を振り返るChapter1と、奇妙な縁で彼の恋文を預かることになった自称ノンフィクションライターがその青年を探し出すChapter2の2つの章で構成されています。
 
 中村:   Chapter1まで読みましたが、ずいぶん不思議な話のようで前作『イトウの恋』とは全く違う感じですね。
 
 加藤:   2004年の日本から1989年の日本を振り返る、という設定が本書のポイントなのではないかと思います。
 
 中村:   1989年と言えば昭和から平成に変わった年ですよね?
 
 加藤:   そうです。 この作品は、都市伝説的フシギ小説に見えて、実は昭和と平成の深い溝を描いている小説なのではないかと思います。
 
 中村:   そう考えると、このタイトルは意味深長ですね。
 
 加藤:   唐突かもしれませんが、私はChapter2を読んで矢作俊彦の『ららら科学の子』を思い出しました。
 
 中村:   それは「時」とか「時代」とかがテーマになるって事ですか?
 
 加藤:   はい。 『ららら科学の子』は数十年ぶりに中国から日本に帰国した主人公が母国のあまりの変容に衝撃を受ける話です。 それに対して本書は、15年間日本を離れた男が他国にいながらにして日本の変容を憂う話です。 どちらの作品も失われた時の重さを感じさせるという共通点があると思ったのですが。
 
 中村:   Chapter1を読んだ限りでは想像がつかないですね。 早く続きを読みたいです。
 
 加藤:   私の勝手な思い込みかもしれません。 ぜひ『ツアー1989』をお読みになった皆さんの感想を伺いたいです。
 
      
 〜最後に〜
 
 加藤:   いかがでしょう。 中島京子さんについて語り残したことはありませんか?
 
 中村:   中島京子さんに、「あなたのことを応援しているこんな熱狂的なファンがいるんです。 これからも頑張ってください」ってお伝えできれば嬉しいです。
 
 加藤:   私もファンとして同じ思いです。 今日はありがとうございました。
 
 
【中島京子プロフィール】

1964年東京生まれ。
東京女子大学文理学部史学科卒。 日本語学校、出版社勤務を経てフリーライターに。

2003年書き下ろし長編『FUTON』で小説家としてデビュー。
2004年に発刊した書き下ろし長編『イトウの恋』は吉川英治文学新人賞候補となる。

ほかの著作に短篇小説集『さようなら、コタツ』、エッセイ集『ココ・マッカリーナの机』 (集英社文庫)がある。

対談・

読書推進委員長 中村努
読書推進委員   加藤泉
構成・宣伝課    矢島真理子

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