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第8回 2006年8月24日

●執筆者紹介●


加藤泉
有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

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  〜《鼎談》 ノンフィクション作家・奥野修司特集〜
(この鼎談はフィクションであり、実在する人物・小説上の人物とは関係ありません)
悠木和雅
(44歳…書店員歴15年)

野口魚子
(33歳…書店員歴6年)

平尾才助
(55歳…書店員歴33年)
  悠木: 今回はノンフィクション作家の奥野修司さんをご紹介しようということで、急遽私達3人が招集されました。
  野口: ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、今までにも私達3人は直木賞予想やら年間ベストテンやらといったテーマで何度か鼎談の場を持ったことがあります。 この「本の泉」上では初めてですね。
  平尾: そういえば、ノンフィクションをとり上げるのは初めてだな。 それでは、我々が奥野修司という作家を知るきっかけとなった『ナツコ  沖縄密貿易の女王』から見ていこう。

    『ナツコ 沖縄密貿易の女王』

ナツコ 沖縄密貿易の女王・表紙画像
ナツコ
沖縄密貿易の女王


文藝春秋
2,250円
(5%税込)
  悠木: この本は去年の4月に出版されましたが、この表紙を初めて見た時、写真の女性の眼力に圧倒されてそのままふらふらとレジに持っていってお金を払っていました。
  野口: 私も去年の夏、沖縄旅行をした時に那覇市の本屋さんで山積みになっているこの本を見て、そのままふらふらと購入してしまいました。 沖縄のナツコは異様な輝きを放っていました。
  平尾: 2人ともナツコの魔力にとり付かれたわけだな。
  悠木: はい。 この本の内容をざっとご説明すると、終戦直後のアメリカ統治下の沖縄で、密貿易の女王と呼ばれた金城夏子という女性の生涯を追ったノンフィクションです。
  野口: 当時の沖縄は食べる物も何もない焼け野原で、誰もが生きるために台湾から物資を密貿易しているような時代だったそうです。 その中でもナツコは、努力すれば必ず報われるという夢を周りに与え続けた女傑です。
  悠木: 当時を知るお年寄りたちは、ナツコという名前を口にするだけで胸が熱くなるそうです。 貧しかったけれど夢があった時代の象徴的な存在、それがナツコです。
  野口: 印象的だったのが、ナツコを実際に知る人の次のセリフです。
「夏子は気が強いといわれますが、そうじゃなくて、ものの考え方に義侠心がありました。 他人のために何かしてやりたくても自分が弱ければ何もできない。 そのためには自分が強くなるしかない、というのが夏子の考え方でした」 いいセリフでしょう?
  悠木: 読んでいるだけで勇気をもらえる本ですね。

    『ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年』

ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の 十七年・表紙画像
ねじれた絆
赤ちゃん取り違え事件の
十七年

(文春文庫)

文藝春秋
740円
(5%税込)
  悠木: 次にご紹介したいのは、『ナツコ  沖縄密貿易の女王』と同じく、沖縄が舞台の『ねじれた絆  赤ちゃん取り違え事件の十七年』です。
  平尾: 昭和52年に沖縄で実際にあった赤ちゃん取り違え事件を題材としているらしいな。
  野口: 正確には、昭和46年に沖縄の病院で女児の取り違えがあって、発覚したのが昭和52年です。 つまり、違う親のもとで6年間も2人の女児は育てられていたわけです。
  平尾: 6歳にもなった段階で、自分が育ててきた子供が実は他人の子供だったと分かった時の双方の親の驚愕。 わけも分からず育ての親から引き離されることになる子供の苦しみ。 なんだか他人事とは思えなかったな。
  悠木: 著者もあとがきで述べていますが、この本は事件そのものよりも、親子とは何か、血のつながりとは何か、がテーマになっていますね。
  野口: 扱っている題材は重いですが、すごく感動しました。 読み終わった後はすがすがしい気持ちにさえなりました。
  平尾: やっぱりLOVEだよ、大事なのは。 それを教えてくれるのが、娘を取り違えられた母親の一人、伊佐智子という女性だ。 ナツコにしろ、智子にしろ、本当に立派な女性だな。
  悠木: かっこいい女性を書かせたら筆が冴える作家ですね。

    『心にナイフをしのばせて』

心にナイフをしのばせて ・表紙画像
心にナイフを
しのばせて


文藝春秋
1,650円
(5%税込)
  悠木: 『ねじれた絆  赤ちゃん取り違え事件の十七年』にしろ、『ナツコ 沖縄密貿易の女王』にしろ、国とか医師団など、大きな権力に対する怒りを著者は心の内に秘めているように思いました。 それが顕著に表れているのが、最新刊『心にナイフをしのばせて』です。
  平尾: 昭和44年春、神奈川県内の高校で男子高生が級友をナイフで刺し殺し、死体の頭部を切り落とすという事件があったらしい。 その事件を題材にしているのが本書だ。
  野口: 平尾さんはその事件を覚えていますか?
  平尾: ううむ、あったような、なかったような。 はるか忘却の彼方。
  野口: 平尾さんでさえ覚えていない事件を今とりあげるのは何故なのでしょうね。
  悠木: 誤解してはいけないのは、この本の主眼は過去の事件を蒸し返すことにあるのではなくて、殺された少年の遺族がその後30年、どれだけ辛い思いをしてきたかを追体験することにあります。
  平尾: 母親は2年近くも寝込み、髪が真っ白になり、自殺未遂まで起こし、妹は「お兄ちゃんじゃなくて私が殺されればよかった」と思い悩み続け、リストカットを繰り返す。 それを父親は一人で処理し続けた。 生き地獄と言ってもいい歳月だぞ、これは。
  悠木: しかも、加害者の少年Aは3年ほど少年院で過ごした後、人生をリセットして裕福な暮らしを送っている。 なんとも言えない気分になりますね。
  平尾: 今年の4月に出版された『犯罪被害者の声が聞こえますか』(東大作 著・講談社)と一緒に読むと、いろいろと考えさせられるものがあるな。
  野口: 「この本を読む前は、『心にナイフをしのばせて』というタイトルは加害者の少年のことを指しているのかと思ったのですが、そうではないんですよね。 被害者遺族は、その後の人生ずっと心にナイフをしのばせるようにして生きている、という意味なんですね。 とても難しい問題を扱っているとは思いますが、広く読まれてほしい本だと思います、本当に。

奥野修司プロフィール

1948年大阪府生まれ。
立命館大学卒業。 1978年から南米で日系移民調査。 帰国後、フリージャーナリストとして活動。

2006年、『ナツコ  沖縄密貿易の女王』(文藝春秋)で、講談社ノンフィクション賞、
大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞。

文・読書推進委員 加藤泉
構成・宣伝課 矢島真理子

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