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第24回 2007年4月19日


●執筆者紹介●


加藤泉
有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

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 〜ベテラン作家が元気な春です〜

年が明けてからというもの、読みごたえのある小説が相次いで発売されている。
この時期からこれだけの作品が揃っているのだから、文芸版元各社が勝負を賭けてくる秋以降、売り場は大変なことになるのではなかろうか。
そんな予感で胸がいっぱいの2007年春である。

今までに吉田修一の小説を1作でも読んだことのある方は、新刊『悪人』を読んだら驚くだろう。
それほど熱心な吉田修一ファンではない私も、本書に関しては、読みながら何度も"すごい"と唸った。

出会い系サイトで知り合った女性を殺した男が、これまた出会い系サイトで知り合ったばかりの女性を道連れに逃亡する、というのがごくごく大まかなあらすじ。
この殺人がいかにして起こったかがミステリー仕立てになっているが、犯人を知っていてもじゅうぶん堪能できる小説だ。 と言うよりも、本書はミステリーとして読んでしまうと肩すかしを食らうかもしれない。

では、この小説の何がすごいのかというと、殺人を犯した清水祐一、被害者の石橋佳乃、裕一の道連れとなる馬込光代といった主要人物たちが辿ってきた人生ばかりでなく、彼らの家族や友人、職場の上司などの脇役達がどういった人生を背負っているかということまで、つぶさに描いている点だ。
人は誰でも自分だけのドラマを持っているということが、自分以外の人間の悲しみや喜びといったものが、本書を読んでいると胸に迫ってくるのだ。

本書の舞台が都会とは程遠い九州の田舎である点も大きい。
決して脚光を浴びることのない一般市民の孤独な人生が、いっそう浮き彫りになっているからだ。
たとえばもし、この小説の舞台が東京だったら、出会い系で出会ったばかりの殺人犯にどうして光代は同行するのだ、と軽薄感を覚えるかもしれない。
だが、周りに何も娯楽がない田舎で、将来の展望もなく、退屈極まりない日常の中、自らの孤独に気付いてしまった登場人物たちの寂しさに触れてしまうと、こういう展開は大いにあり得るよな、と納得させられる。
言ってしまえば、力技にねじ伏せられたような読後感なのだが、これは本物の力に出会った衝撃だ。
こういう力のある小説になら、何度ねじ伏せられてもいい。

 
   
 
悪人・表紙画像
悪人


吉田修一:著
朝日新聞社・1,890円
 
重松清『小学五年生』は、著者の真骨頂である"少年もの"の短編集。
主人公は皆、小学5年生の少年たちだ。

重松清の少年ものを読むと、著者はどうして少年の頃のことをこれほどよく覚えているんだろうと、ほとほと感心してしまう。
どうってことのない些細な出来事がものすごい事件だったあの頃を、本書を読むと否応なく思い出してしまう。
でも、それが「どうってことない」ことだと分かるのは大人になった今だからこそであり、今まさにその真っ只中にいる少年少女は、「どうってことない」出来事で胸を痛めているということにも改めて気付かせてくれる。
「どうってことない」ことを、そう切り捨てずに見つめ続ける重松清は少年少女にとって永遠の正義の味方だ。
今年の課題図書(小学生の部)には、是非本書を選んでほしいところ。
いや、大人こそ読むべき1冊かもしれない。

余談だが、私の中では「重松清=泣かせの名手」という図式があり、重松作品を読む時はいつも、絶対泣かないぞと身構えて読み始めるのだが、知らず知らずのうちに心がほどかれて全身の力が抜けてしまう。
今回も、「バスに乗って」という短編で、ぐしゅぐしゅに泣いた。
重松清は、干し椎茸のように縮こまった心をゆるゆるにしてくれる「戻し水」のような作家だ。

去年は重松作品の刊行が少なく、全国のシゲラーの皆様はさびしい思いをされたことと思うが、重松清の最高傑作更新との呼び声が高い長編『カシオペアの丘』が間もなく発売になるとのこと。 今年は輝ける重松清YEARになるかもしれない。


 
 

小学五年生・表紙画像
小学五年生


重松清:著
文藝春秋・1,470円
 
 奥田英朗の新刊『家日和』は、家族(主に夫婦)をテーマにした短編集で、これまでの奥田作品の中では『ガール』や『マドンナ』に近いと思われる。
平凡な毎日にちょっとした変化が訪れた時、というのが本書に収められた短編の共通点。
つい張り切りすぎて、いつのまにか常軌を逸する状況に陥っており、そんな自分にハッと気づいてペロッと舌を出している登場人物たちの顔が思い浮かんでくる。
この春、新しい環境に身を投じられた方に強くおすすめしたい1冊だ。

奥田英朗は、普通の人々を主人公にしてありったけのユーモアと切なさを表現できる作家だ。
重松清が少年少女の味方だとしたら、奥田英朗は一般庶民の味方。
今回も、
平凡な毎日、大いに結構! 小市民、バンザイ!! 素晴らしき哉、ありふれた人生!!!
…という気持ちにさせられた。
これからもこういった作品を書き続けていってほしいが、デビュー作『最悪』や『邪魔 ()』系の作品を現在鋭意執筆中との噂を耳にしている。 これまたなんと楽しみなことか!



文・読書推進委員 加藤泉
構成・宣伝課 矢島真理子
 

家日和・表紙画像
家日和


奥田英朗:著
集英社・1,470円
 
※価格はすべて5%税込です。

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