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第34回 2007年9月19日 |
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〜恐るべきルーキー登場!〜 | ||||||||
今回は才気溢れる3人の新人作家の作品をご紹介しようと思う。 まず最初にご紹介したいのは、乾ルカ『夏光』。 著者は2006年に「夏光」で第86回オール讀物新人賞を受賞。 初の単行本となる本書は、表題作を含め6編が収録された短編集。 朱川湊人ふう泣けるホラーあり、グロテスクでありながら食欲が湧く仰天作ありと、どの短編も完成度が高く、何よりも著者の引き出しの多さに驚かされる1冊だ。 中でも、最後に収められた短編「風、檸檬、冬の終わり」が秀逸だ。 主人公は不思議な嗅覚を持った女性。 彼女の右の鼻の穴は常人と同じ嗅覚なのだが、左の穴は「他人の感情が発する匂い」を感知する。 彼女はかつて暴力団の下で人身売買に加担していた。 東南アジアから運ばれてきた少年少女を、アパートの一室で監禁しておくのが彼女の仕事だった。 絶望の臭いを発する子供たちの中で、希望の匂いを放ち続ける1人の少女に彼女は気付く。 その少女との別れの直前、風のような、檸檬のような、冬の終わりのような匂いを主人公は嗅ぐ。 その匂いの意味が明かされる最後の一行が、本当にすばらしい。 生きてて良かったとさえ思えるラストだ。 忙しくて小説なんか読む時間ないよという方も、この短編だけでいいからお読みいただきたい。 本書の帯には「恐怖(ホラー)の女王、降臨」というものすごい惹き文句が書かれているが、これがさほど誇張ではないということは本書を読めばお分かりいただけると思う。 |
夏光 乾ルカ:著 文藝春秋 1,500円 (5%税込) |
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次に、大山尚利『揺りかごの上で』を。 とても不思議な味わいの小説だ。 本書は大きく分けて3つの章に分かれるのだが、その3つの塊がまるで違う色を持っているので、1冊読んだだけで3冊の小説を読んだような、得した気分になれる。 冒頭は、廃墟に置き去りにされた赤ちゃんを見つけた少年が、その子に「ロビン」と名づけこっそり育てようとするハートウォーミングな成長物語なのだが、中盤は、ロビンを自分の子供だと言い張る女が現れ、少年と血みどろの死闘を繰り広げる。 終盤は、刑に服して人生をやり直し始めた主人公が昔の恋を取り戻そうと、人生の悲哀を感じさせる内容になっている。 この中で最も読み応えがあるのが中盤部分。 まるで、『揺りかごを揺らす手』や『ミザリー』や『危険な情事』といった映画を観ているような恐ろしさがある。 それもそのはず、著者は第12回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞してデビュー。 受賞作『チューイングボーン』に続いて本書は2作目となる。 著者には、これからも読者をゾッとさせる作品を書き続けていってほしいと思う。 |
揺りかごの上で 大山尚利:著 角川書店 1,680円 (5%税込) |
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最後に、第3回野性時代青春文学大賞を受賞したばかりの、黒澤珠々『楽園に間借り』。 青春文学大賞と聞いてどれだけキラキラした感動作かと思って読み始めたら、主人公はカノジョに養ってもらっているヒモ青年だと分かってぶっ飛ぶ方もおられるかもしれない。 この際、冠は抜きにしてご紹介したい。 27歳ヒモ男の日常、と言ってしまえばそれまでの話なのだが、本書の面白さは、主人公の百輔はもちろん、仕事のストレスに押し潰されそうな毎日を送っている百輔の恋人の梨花、ヒモ仲間のルイ、高校時代の友人英蔵など、すぐにでも映像化できそうなほど、登場人物たちのキャラクターが立っているところにある。 中島たい子や山田あかねや吉野万理子など、シナリオ出身の若手作家の活躍が最近目立つが、黒澤珠々は生粋の新人作家だというから驚く。 ヒモ男と言えば、今秋映画化される業田良家『自虐の詩(上・下)』を思い出すが、この『楽園に間借り』の主人公は卓袱台をひっくり返したりせず、仕事感覚でカノジョに献身的なヒモであり続ける。 ヒモ男の在りようも時代と共に変わっていくものなのだろうか。 読み比べてみるのも一興かもしれない。 |
楽園に間借り 黒澤珠々:著 角川書店 1,365円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
構成・宣伝担当 矢島真理子 |
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