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第63回 2008年12月4日 |
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〜作家の新境地〜 | |||||||||
早いもので今年もあと1ヶ月弱。 今年も良い本をたくさん紹介させていただいたが、年も押し迫った今になって驚くべき作品が続々と刊行されている。 今回は、「これはこの作家の新境地だ!」と言えるような3冊をご紹介しようと思う。 |
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まず初めに、三浦しをん『光』。 三浦しをんという作家の恐ろしさをまざまざと見せ付けられる。 直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』や箱根駅伝を描いた『風が強く吹いている』といった三浦しをん作品を読んできた読者は相当驚くだろう。 吉田修一『悪人』にも匹敵する衝撃作だ。 人口の少ない小さな島に暮らす3人の少年少女。 津波によって島が壊滅し、たまたま生き延びた彼らは、復旧活動の混乱の中、大きな過ちを犯してしまう…。 この第1章からしてリーダビリティは抜群なのだが、神奈川県の川崎を舞台に彼らのその後が描かれる第2章からは恐喝や虐待といった問題がさらにクローズアップされ、怖いもの見たさというか、続きが読みたくてページを捲る手が止まらなくなる。 読み終わった後は、ザラザラした気分とともに、取り返しのつかない人生を前にした人間の無力さを感じずにはいられない。 この結末に救いを見るか、絶望を感じるか。 読者の数だけ受け容れ方が変わる、奥行の深い作品だ。 |
光 三浦しをん:著 集英社 1,575円 (5%税込) |
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次に、本多孝好『チェーン・ポイズン』。 本多孝好には生死をテーマにする作品が多いが、本書はこれまでの作品以上に「生きる」ことについて真剣に考えさせる作品。 読後感もすこぶる良い。 「文句なしの最高傑作!」という帯の文言に深く頷く読者は多いことと思う。 著者自身が語っているように、本多孝好の新境地と言っていい作品だ。 日本では珍しい毒薬を用いて自殺した3人の男女。 彼らの接点を探る雑誌記者の視点から描かれる章と、1年後に自殺しようと決意した30代なかばの女性の視点から描かれる章が交互に描かれ、この構成が何より見事。 最後にはアッ!と驚く結末が待っており、最初から読み返さずにはいられなくなる。 ミステリーとしても完成度の高い1冊。 本書は、「講談社創業100周年記念出版書き下ろし100冊」の第1作目として刊行された。 第1作がこれほどなのだから、これから刊行される作品にもますます期待が高まるというものだ。 |
チェーン・ポイズン 本多孝好:著 講談社 1,680円 (5%税込) |
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最後に、藤谷治『船に乗れ!』。 変幻自在のカメレオン作家というイメージの強い藤谷治の新刊は、高校の音楽科が舞台の自伝的要素の強い作品。 主人公は、祖父が学長を務める大学付属高校に通うサトル。 チェロを専攻する彼が初めて体験する挫折、彼の人生に大きく影響を及ぼすであろう教師との出会い、仲間との合奏、恋の予感、などが詰まった王道の青春小説だが、クラシック音楽への愛に溢れた1冊でもあり、音楽小説としても実に読ませる。 個人的には、初めての合奏の場面で「こりゃあ弾ければいいってもんじゃないぞ」と主人公が焦る場面に大共感。 オーケストラやブラスバンド経験のある方には是非読んでいただきたい。 本書は三部作の第一作とのこと。 音楽を志す少年少女の話なのになぜタイトルが『船に乗れ!』なのか? その謎も今後明かされていくらしい。 佐藤多佳子『一瞬の風になれ』が刊行されていた時のように、次の巻の発売が待ち遠しくてたまらないシリーズが遂に登場した! |
[船に乗れ! 1] 合奏と協奏 藤谷治:著 ジャイブ 1,680円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
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