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有鄰


平成11年6月10日  第379号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 ペリー来航と英学事始め (1) (2) (3)
P4 ○ゲーテの心  小塩節
P5 ○人と作品  上野正彦と『毒殺』        藤田昌司

 人と作品

毒物事件の真相を解明し、犯罪の予防策を提言

上野雅彦と毒 殺
 



  "毒物列島"と化した日本

   和歌山市の砒素入りカレー事件以来、各地で毒物混入の犯罪が続発し、 日本はさながら"毒物列島"と化した。『毒殺』(角川書店)は、 ベストセラー『死体は語る』の著者で元東京都監察医務院長の上野正彦氏が、その真相を解明し、 犯罪の予防策を提言したタイムリーな本だ。

  「和歌山の事件は最初、食中毒と考えられたが、四人も死亡者が出て、毒物検査の結果、 青酸反応が出たので、青酸カリによる中毒と考えられた。 しかし入院中の人から、青酸中毒とはかなり違った病状が出てきて、 科学警察研究所に毒物の分析を依頼した結果、原因は砒素だとわかったわけです」

  初動捜査にかなり手間取ったが、林真須美と夫の健治が逮捕され、 裁判が進められていることは周知の通り。

  この事件の後、長野県須坂市のスーパーマーケットで、店長がへこんだウーロン茶の缶を発見、 除去しておいて後で一口含んだところ、異様な味に気づいて吐き出し、警察に届けた結果、 缶の底から青酸カリが混入されていると判明。このニュースをテレビで見ていた同じ地域の主婦が、 その直前、夫が缶入りウーロン茶を飲んで急死したことに疑問を持った。 死因は「急性心臓死」で病死として処理され、葬儀も終わっていたが、 もしやと思って夫が捨てたウーロン茶の缶を探し出したところ、やはり底に穴があけられ、 接着剤でふさがれていたので警察に届け出たのだ。 「このときは、病院が患者の血液の一部を保存していたので、青酸カリとわかったわけですが、 入院の段階で法医学のドクターがいれば、食べた物、飲んだ物、全部押えますから、 すぐ原因がわかるはずです」

  この事件の犯人はまだ逮捕されていない。

  これと対照的なのが、 沖縄のトリカブト事件だ。昭和六十一年、 沖縄を旅行中の三十三歳の主婦が変死する事件が起きた。 心筋梗塞と診断されたが、警察の身元調査が進むにつれて、五年の間に、 この夫の妻が次々に死亡し、沖縄で急死した妻は三人目であることがわかった。 しかも二番目の妻の死亡で夫は一千万円の保険金を手にし、 三番目の妻には一億八千万円の保険がかけられていた。

  「この男は二番目の妻の死亡で一千万円をもらったので、クセになってしまったんですね。 それで今度は最も遠い島国の沖縄を選んだ。ここならバレないだろうと考えたんだろうけど、 沖縄はかつてアメリカの統治下にあったため、監察医制度が進んでいたんです。 調査の結果、死因は心筋梗塞ではなく、トリカブトの中毒と判明したんですね」


  一日も早く全国規模の監察医制度を

   上野氏がこれらの事件を通して、強く訴えているのは、 一日も早く全国に監察医制度を普及することだ。 変死が起こり、明らかに犯罪がからんでいるとみられた場合は、ただちに「司法解剖」が行われ、 死因が追求されることになっているが、犯罪かどうかわからない変死こそ問題なのだ。 東京には監察医務院があり、このような不審な死体は必ず解剖(「行政解剖」という)に付され、 死因が究明されることになっており、それによって犯罪が明るみに出される例も多い。

  横浜、名古屋、大阪、神戸などの政令指定都市と茨城、神奈川、埼玉、 沖縄などの各県でも類似の監察医制度を設けて、変死体に対応しているが、 まだまだ全国的規模に達していない。

  「警察と医師会あるいは大学の法医学の専門医が話し合って、 一件当たり三十万円くらいの費用を地方公共団体が負担する仕組みをつくっておけば、 治安は保たれるんです」

  ただし最近、横浜市ではこの解剖をめぐり不明朗な事件が発生した。 解剖した医師が その遺族から費用を取り立ててポケットに入れ、 税務署に申告していなかったというのだ。監察医制度のズサンさがもたらした事件といえよう。

  ところで本書には、渡辺淳一のミリオンセラー『失楽園』をめぐる面白いエピソードも紹介されている。

  いうまでもなく『失楽園』のラストシーンは、愛し合う男女が結ばれたまま、青酸カリで心中する場面で、 終章は警察医の「死体検案調書」。 読者の目から見て、一点非の打ちどころのない、お役所の文書だが……。

  「じつは、渡辺淳一さんに頼まれて、私が書いて上げたんですよ。 どういう状況で死んだことにしたいのか、詳しく聞いて、死体検案調書をつくったんです。 二、三十分で書きました。その後、『失楽園』を読んだんですが、さすが作家というのは、 大したもんですね。私があの小説を書いたら、たった二、三行、 『アー、えがった』で終わってしまう話ですよ」。

1,365円(5%税込)。

(藤田昌司)


(敬称略)


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