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平成11年10月10日 第383号 P5 |
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目次 | |
P1 P2 P3 | ○座談会 源頼朝の実像 (1) (2) (3) |
P4 | ○岡本太郎と川崎 岡本敏子 |
P5 | ○人と作品 別所真紀子と『雪はことしも』 藤田昌司 |
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人と作品 |
俳人と俳諧の世界を描いた異色の作品集 別所真紀子と『雪はことしも』 |
芭蕉と高弟の交情を描いた表題作 最初にいえば、著者の別所真紀子さんは、連句誌『解纜』を主宰する俳人で、『芭蕉にひらかれた俳諧の 女性史』『言葉を手にした市井の女たち』など、俳諧の面から女の生き方を追求した著書をもつ女性史家で もある。『雪はことしも』(新人物往来社)は、そうした別所さんならではの、俳人と俳諧の世界を描いた異色の 作品集で、歴史文学賞を受賞した表題作は、芭蕉とその高弟の一人、越人との濃密な交情を描いている。 〈二人見し雪はことしも降けるか〉 これは「越人へつかはすとて」芭蕉が詠んだ句だ。越人、本名・尾張十蔵は越後の生まれ。生家は郷士 だったが、家産が傾いたため、名古屋に出て、呉服商の下請け職人となる。やがて主人が野水と号する 蕉門下の俳人だったことから、俳諧に親しむようになり、そして芭蕉と出会い、傾倒する。 この作品集の特色は連句の場面の臨場的な描写にある。発句、脇、第三句……と序破急の韻律を踏まえな がら付け合って展開する名人芸の数かずは、俳諧に関心のある読者にとっては、たまらない魅力だ。 「私は俳句の評釈が専門ではなく、実際に連句をやっているので、芭蕉の連句を読んでも、その時の情景が 目に浮かんでくるんですが、連句をつくっている時は、互いの感情が句に影響し合っているんです」 越人は芭蕉を師と仰ぎ、芭蕉は越人を引き立て、師弟の関係が深まるにつれ、二人の仲は男色の間柄に なっていった、と別所さんは推理する。たとえば〈寒けれど二人旅寝ぞたのもしき〉の芭蕉の句は、二人が 押し籠め旅人宿で寒さをしのごうと一つ布団で寝た夜のことを詠んだのだと。 「越人のことはだれも書いていないので、私の虚構ですが、男色もバイセクシャルも当時はごく普通のこと だったと思います」 越人が芭蕉と師弟関係にあったのは十一、二年だが、その間二年ほど、断絶した時期があった。芭蕉の 側近だった支考によって仲を裂かれたためだ。絶望と憎悪のあまり越人は芭蕉からの手紙をすべて焼却して しまった。だが耳の奥に残った別辞の句、〈二人見し雪はことしも降けるか〉だけは永遠に灰にならなかった。 越人が、それを発句として、〈胸のしのぶも枯よ草の戸〉の脇を付け、『庭竈集』として板行したのは、 芭蕉没後三十四年を経てのことという。 俳諧に託した女たちのさまざまな人生 「ちり椿」と題した作品は芭蕉の撰集『猿蓑』編さんに際して協力した野沢凡兆の妻、羽紅の、芭蕉に 対する無償の愛を描く。羽紅は落飾して芭蕉に尽くすのだ。
(藤田昌司)
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