Web版 有鄰

『有鄰』最新号 『有鄰』バックナンバーインデックス  


有鄰


平成12年2月10日  第387号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 本とインターネット (1) (2) (3)
P4 ○関ヶ原合戦と板部岡江雪  下山治久
P5 ○人と作品  風野真知雄と『刺客が来る道』        藤田昌司

 人と作品

刀を捨て、会い内の道をさぐる武士を描いた時代小説

風野真知雄と刺客が来る道
 



  主人公はリアリティのある侍に

 『刺客が来る道』(廣済堂出版) は『黒牛と妖怪』で歴史文学賞を受賞した新鋭の書下ろし長編時代小説。 物情騒然とした幕末、無実の罪を疑われて藩を追放され、江戸に潜入した武士が一家四人の生計のために 刀を捨て、商いの道をさぐるという設定だ。
「私自身、それほど多くの時代小説を読んだわけではありませんが、どうも出てくる侍に類型を感じて 仕方がなかった。もっと実感のある、リアリティのある侍は描けないものかとつねづね考えていて、この ような主人公になったわけです」

 主人公は江戸からほど近い信夫藩の藩士だった佐山壮之助。物語はこの壮之助が外出先でいきなり刺客に 襲われる場面から始まる。「上意だっ」と斬りかかる刺客を壮之助は夢中になって斬り伏せるが、その 後始末をどうすればよいかわからない。やむなく番屋に背負って行き、届け出るのだが……。
風野真知雄氏
風野真知雄氏

「私が読んだ時代小説の多くは、自分が斬った相手を始末することはないんですよね。斬りっぱなしです。 映画もそうですね。しかし斬りっぱなしというわけには、いかないのではないでしょうか」

 壮之助が藩から追放され、刺客まで放たれることになったのは、親しくしていた藩の夢風先生という儒者 が書いた文書が藩主の逆鱗に触れ、その写本を壮之助が所持しているのではないかという疑いのためだ。 藩で植物園の管理を任されていた壮之助は、その植物園に隣接した庵に住む夢風先生と親しくなったため、 こうした疑いを持たれたのだが、それは事実無根だった。しかし藩で植物園を管理していた経験が役に立ち、 江戸での浪人ぐらしの中で万年青の栽培に手を染めるようになる。いい万年青は一鉢十両もの高値で好事家 に引き取られた。
実際、幕末のころは万年青ブームがあったようです。最近は一戸建ての家をのぞいても、万年青を 栽培している人は見かけなくなりましたね。私ですか? 私はベランダ菜園を少々やる程度で……」

 住んでいる長屋の所在が突き止められたのではないかという不安から、壮之助一家はとある住職の世話で、 その寺の寺男が住んでいた空き家に移る。

 この住職が何ともユニークで魅力的だ。人から“道楽和尚”と呼ばれ、上げるお経は“でたらめ経”と いわれるが、当人は「ただ、通常のお経に、小唄の文句御政道批判、それに仏さんの悪口なんぞを、適当に おりまぜているだけだ」。和尚は壮之助から家賃もとらず、その代わりに近所の子供たちに読み書きを教える だけでいいという。

 そうした矢先、壮之助は再び刺客に襲われる。全身を襲う恐怖の中で、このときも壮之助は相手を斃す。 死体はどうしたか。寺に運び、和尚に告げて墓地に埋葬するのだ。
「斬り合いの場面を描くのはむずかしいですね。居合抜き九段の人に来てもらって勉強会で研究しているん ですが、読んで面白いのと実際とは別ですから。実際の斬り合いでは、あまり動かないですよ」  

  リストラで失職した現代のサラリーマンと同じ境遇

 壮之助は、一家四人の暮らしを立てるために空き地を借りて園芸作物に身を入れる。とりわけナスの栽培 には成功し、真冬になって収穫したナスは高値で引っぱりだこ。もちろん、こうした生き方の転換は、 誇り高い武士の家庭しか知らなかった妻や子供たちに悲しい思いをさせるが、しかしペリー来航による社会 の激変の中で、次第に新しい生き方になじんでくる。

 といえば、この小説は現代サラリーマンの生き方とダブルイメージで読まれることになるだろう。 故なく藩を追放された壮之助は、妻子を抱えてリストラで失職したサラリーマンと同じ境遇である。
「ええ、現代に近づきすぎではないかと迷いながら書きました。とくに壮之助の拠りどころです。土地に しがみついて、土地本位制の生き方ととられると困るんですが武士としての生きる道もなくなった場合、 どんな考えで生きるかと、主人公になりきって考えました」。風野氏自身、二人の子をもつ四人家族で、 その点は主人公と同じだ。

 小説は、ついに藩命を受けた筆頭家老が、壮之助を訪ねてくるところで大団円を迎える。矯激な藩主は 黒船騒ぎの中でますます狂気じみてくるが、かつて道場仲間だった家老に対し、壮之助はどのような態度に でるか……? 一人の人間としての真情を描いて後味のいい結末だ。

 風野氏は『黒牛と妖怪』で鳥居甲斐守を描いた後、『われ謙信なりせば』『筒井順慶』などの他、元幕臣 の写真師志村悠之介を主人公にした『西郷盗撮』『鹿鳴館盗撮』などの“盗撮”シリーズでも気を吐いている。
1,890円(5%税込)。

(藤田昌司)


(敬称略)


  『有鄰』 郵送購読のおすすめ

1年分の購読料は500円(8%税込)です。有隣堂各店のサービスコーナーでお申込みいただくか、または切手で
〒244-8585 横浜市戸塚区品濃町881-16 有隣堂出版部までお送りください。住所・氏名にはふりがなを記入して下さい。







ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.