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有鄰


平成12年2月10日  第387号  P2

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 本とインターネット (1) (2) (3)
P4 ○関ヶ原合戦と板部岡江雪  下山治久
P5 ○人と作品  風野真知雄と『刺客が来る道』        藤田昌司

 座談会

本とインターネット (2)



百科辞典はインターネットと連動させ、データを補充

篠崎 電子図書館とはどういうものですか。

上田 松本さんのお話にでた電子図書館は、テキスト、つまり電子化された文字情報を集めたものです。それが一番基本的な形の電子図書館です。九一年に使ってらしたというのは驚きです。

松本 数は少ないですが、ニフティサーブでありました。それから当時の電子ブック、今でいうミニCDで文学作品のシリーズがいっぱいあって、たくさん買いました。アメリカ製ですが、リンカーンの演説から聖書まであるんです。

デジタル媒体というのは中身は一緒ですが、それを入れる器が、フロッピーディスクから電子ブックになって、CD・ROMになって、今はオンライン。CDだと輸送料もかかりますが、ネットワーク配布なら時間、地域、時差を問わず、家からでも、モバイル(携帯用)パソコンからでも必要なデータが誰でもとれる。原稿用紙、キーボード、パッケージソフト、ネットワークという大きな流れですね。

上田 CD・ROMの出版物は図書館で買いますが、それが古いオペレーティング・システムでつくられていて、読めなくなった高価なCD・ROMがたくさんあります。だから、古い機械も残す必要があり、やっかいな話になっている。

津野 慎重な人は、みんな自分の仕事場が、ちょっとしたコンピュータ博物館みたいになっていますよ。みんな捨てられないから。(笑)

 

  CD・ROMで定着したのは資料集、辞書、百科事典

篠崎 百科事典は早くからCD・ROMになっていましたが、その後、インターネットを使えるように変わってきましたね。

津野 今、CD・ROMで一応定着したのは資料集、辞書、百科事典の類です。マルチメディア的なCD・ROMとか、テキストベースのCD・ROMなどは、結構つらい状態です。

ただ、辞書、百科事典も、今はCD・ROMの中に閉じこもっているのではなくて、インターネットと連動しているものでないと、新しいデータの補充ができない。百科事典の記述だけではもの足りないときに、関連ホームページに的確にリンクが張ってある百科事典のほうが生きてくることになるので。インターネットと接続しながら、基本的なデータだけはCD・ROMで見る、ということになります。

 

  広告収入によって接続が無料になった百科事典も

津野 最近、インターネットの『エンサイクロペディア・ブリタニカ』が無料になったんですが、あれはすごいですね。たとえばミュージカルと引く。すると、百科事典の記述と同時に、それに関連した、今インターネット上にある一番いい文章がザーッと出てくる。

それから最近出た、百何十種類かの雑誌に載った関連記事が全部デジタルデータで入っている。それを引き出せば百科事典のレイアウトと同じ仕方で、その記事が全部読める。すごく大きな仕組みになった。

つまりこれは、百科事典は自分たちだけでつくるんじゃなくて、ほかの人たちの仕事もそこに引き込みながら世界を広げていこうという仕組みなんですね。それを今はただで見せる。昔は利用すると、年に一万円くらい取られた。

上田 広告収入でやっていくことになったからです。

津野 そうそう。インターネットに接続するとき、誰もが必ずそのサイトを通って接続するようにさせる。インターネット利用者が必ずそこに入るというふうにすると、そういう人向けの広告が取れるわけです。でも、本当にうまくいくかどうかは、まだわからない。すごく巨大な実験です。日本でも『世界大百科事典』がインターネットで読めるようになった。まだ有料ですが。

松本
『世界大百科事典』
『世界大百科事典』
(DVD−ROM)平凡社
「世界大百科事典」全35巻を収め、インターネットに接続できる
私はかなり前から、『現代用語の基礎知識』などは、パソコン通信で一件七十円くらいで引いています。時事用語は毎年データが変わるので、一九八○年代から本ではなく、全部ネットワークで一件幾らで買っています。きょうお会いしている先生方の経歴と著作リストも、データベースにつないで、一件二百円でデータを集めました。

津野 「あなたの趣味はプラモデルでしょう」なんて、初対面の人にのっけに言われたりする。

 

  まだ読みにくい電子コンソーシアムの読書専用機

津野 百科事典にしても、人名データベースにしても、基本的には人間の記憶というか、心覚え、メモの代用なんですね。そういうものはコンピュータに向くんだけど、ヒストリーやストーリーの部分はなかなか扱いにくい。小説や歴史の本を電子本で読もうという気持ちにはなかなかなれないし、技術的にもまだ整備されていない。今、いろいろなところで電子ブック・プレイヤーとか、データディスクマンみたいな専用の小型装置をつくっていますが、うまくいかない。

松本 電子出版コンソーシアムのテストが、今、実験的に始まっていますね。貸してもらって読んだんですが、専用機が六、七百グラムあるんです。ふだん持って歩くパソコンが一番軽くて一キロ。合わせると一・七キロですからパソコンと電子ブックを読む専用機を二つ一緒にはちょっと持ち歩けないですね。

うちで読むのなら、電子ブックより本で読んだほうがいいし。これからは普通のモバイルパソコンの解像度がもっとよくなって、それで本も読めるようになるといいかな…。

上田 私もその実験のモニターですが、すぐに飽きました。技術的にはいろいろ問題がある。確かに重いし、衛星通信で送られてくるものをダウンロードするんですが、十何分かかる。

それに、小さいディスクには二、三冊しか入らないので新しいものを読むには、前のを消して入れなければならない。つまり蔵書にはならないわけです。それから電池がすぐなくなるから、電源が必要になる。

ただ、これは技術的なことなので、いずれクリアできるでしょうが、私はやっぱり読めない。多分、これは習慣とか、好みの問題なのかなと思います。値段は紙の本の大体六、七割ぐらいです。製作費のコストが安いから。

篠崎 そうすると、ペーパーレスの本は今後どうなんでしょうね。

松本 パソコンでも読めると思う。昔はパソコンで長い小説は読めないと思っていましたが、裁判記録とか人の長いホームページを読むようになったら、その調子で長い小説も読みなれてきました。でも、今言った電子コンソーシアムの読書専用機はまだ読みにくいです。

 

  縦組みの大きな活字で読めるようになるソフト

津野 僕も、インターネットでは長い文章は読めなかった。横書きだといまだに読めません。でも、ボイジャーのT・timeというソフトを組み込んでおくと、小説でも論文でも、大きな活字で、しかも、縦組みで読めるようになる。活字の大きさも調節できるんです。今度それがブラウザに組み込めるとか聞きましたが……。

松本 そうなんです。話題になっていますよ。

津野 T・timeというソフトは、ボイジャーと大日本印刷が共同で開発した仕組みらしいですね。それをインターネット閲覧のためのソフト、ブラウザに組み込んでおくと、たとえば読売新聞の記事がウィンドウの中で、アッという間に縦組みになる。

その字も小さい字、中くらいの字、大きい字と、利用者の希望で自由に変えられる。そうすると、新聞記事ぐらいなら、ほとんど何の抵抗感もなく読める。あれは革命的な発明ですね。

松本 文庫本など、年配の方には字が小さくて、読みづらい。けれど新潮文庫の百冊分が一枚のCD・ROMに入って売られている。あれはコンピュータの画面で字の大きさが自由に変えられる。昔の漱石、潤一郎などが、パソコンのほうが大きな字で読みやすいというふうに変わってきました。

 

  小型パソコンに電子辞典類を入れればどこでも仕事が

津野 普通のパーソナルコンピュータの画面の表示がきれいになってきて、そこに優秀なソフトを組み合わせることができれば、特殊な読書用装置よりずっと読みやすい。しかも、そこからインターネットにも飛べるし、 あるいは別の場所にとっておくこともできる。

松本 あと、電子出版の百科事典もそうですが、私は、一・二キロのパソコンの中に平凡社の百科事典十六巻も、英語辞典も国語辞典も入れているから、これだけあれば、どこに行っても仕事ができるんです。カナダで、連載小説もそうやって全部書いて、電子メールで東京の編集部に送りました。

篠崎 だけど、そんなにパソコンをお使いになって、夜になると目が疲れませんか。

松本 テレビのブラウン管型のモニターは、それ自体が発光体ですから、光源に向かって見ているので目が痛かったんですが、今の液晶は強い光を出していないので大丈夫です。私はモニターは全部液晶に変えました。


紙では失われてしまう本を蘇らせる電子図書館

篠崎 図書館では、インターネット上のものを含め、電子化された本も収集されているんですか。

上田 図書館では、レファレンスブックといっている、百科事典、辞書、年表などの調べるための本と、それから普通の小説などの通して読む本とを分けて考えた場合、レファレンスブックは電子化されやすく、最初はフロッピーに入れたり、CD・ROMになったりして売っていましたが、今はネットワークで見ることができます。

図書館にとっては、紙で百科事典を持っていたのが、電子媒体のCD・ROMになれば、それも買って、使う人に無料で提供できる。ただ、先ほどお話にでたように、今、ネットワークで『ブリタニカ』は無料で見ることができる。それから国語辞典がインターネットで検索できて無料になってくると、わざわざ図書館に行かなくてもよくなる。

問題は、本ではないネットワーク上にあるものを図書館がどうするかということですね。国立国会図書館は方針を変えて、電子的な媒体も集めることになった。

今までは本とレコードなどが対象だったのが、それを電子媒体にまで拡張した。電子的なものを、物理的な形態をとったものとネットワーク上のものに分け、ネットワーク上のものは集めないが、CD・ROMなど固定されたものは集めることにしました。

また、学術雑誌、ほとんど洋雑誌ですが、これは今まで紙の形で買っていたのが電子化され、雑誌の論文がPDF(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)やHTML(ハイパー・テキスト・マークアップ・ランゲージ)で読めるようになってきました。電子的な媒体のもの、ネットワークのものと、種類によって対応の仕方が違って、なかなか面倒な話になっている。

 

  電子化できるのは著作権の切れた作品

上田 図書館で比較的進んでいるのは目録、つまり蔵書リストです。もともとカードの目録を持っていたのを、今はほとんどデータベース化しているから、公共図書館でも東京二十三区は蔵書をほとんど端末から調べることができるし、大学図書館の四割ぐらいはインターネットで見ることができる。

アメリカ議会図書館のホームページ
アメリカ議会図書館のホームページ
http://lcweb.loc.gov/
もう一つは、今まであった紙のものを画像なり、テキスト化して図書館で提供するのが電子図書館の一般的な形です。ところが、普通の図書館で一番貸し出しの多いのは最近出た本なんです。それらは著作権法があるから電子図書館で見ることができない。

ですから、著作権の切れたものを電子化する。それは大きな図書館では、大抵は貴重書というものになる。ただ、それは一回見たら終わりで、研究者は本物を見るほうが重要だから使わない。つまり、電子図書館は中途半端な形でしかできないという構造的な問題を持っている。

ただ、日本の国会図書館に当たるアメリカの議会図書館にアメリカン・メモリーという電子図書館がある。それこそリンカーンの小学校のときに使ったノートまでも全部電子化して、それを歴史の教育に役立てようとしている。

これはコンセプトがはっきりしていて、量的にもすごいから、本当に意味がありますが、今の日本の電子図書館の大多数は中途半端なところで終わりそうです。

 

  アメリカ議会図書館の蔵書リストを自宅で検索

松本 私は、書き手という著作権者であり、ユーザーでもあり、インターネット上で英文の電子図書館を開いている図書館員でもあります。著作権が切れた大昔の本を、テキスト化してのせることは自由なんです。どうして英文かというと、幸い、英文は、漢字の旧字体のような、パソコンに一般にない文字はないので、英文図書館は簡単に開けます。

私もいろんな洋書、だいたい百五十年ぐらい前に出版されたものを、まずアメリカの議会図書館の蔵書リストを、家から検索する。タイトルだけを見ても、必要な本かどうかわからない。絶版だから、インターネット書店のアマゾン・コム(Amazon.com)に注文もできない。

そうすると、その本の全データをネットで公開している大学を探して、それで中身を読むんです。でも、テキスト化公開されていなければ、わざわざ英国図書館などに行かなければならない。

たとえば日本の国会図書館もいつも大混雑ですけど、家にいて全文がダウンロードできたら、そこだけ印刷して読める。テキスト化のもう一ついいことは貴重書が傷まない。

 

  国会図書館に行かないと読めない本も自宅で見られる

松本 上田先生が言われたように、作家からすると、今書店で売っている私の小説がそのままデジタルデータで無料でネット公開されたら、それを読んで、人は本を買わなくなるわけです。だから著作権がある新しい本は電子化できないんです。

でも、津野さんが『電子図書館』(勁草書房)に書いておられますが、版権切れの本は日本には山ほどある。それを順繰りにテキスト化して、電子図書館に出していくだけで、二、三十年はかかる。それだけでも絶版で読めなくなった本、国会図書館に行かないと読めない貴重な本が、無料で、体の不自由な方もみんな自宅 からネットワークで二十四時間読めるのは、すばらしい情報民主主義です。

津野 日本の電子図書館計画は、技術の話が先走っている。国会図書館の場合、ネットワーク技術とかデータベース技術とかばかり言って、先に進まない。でも、たとえば韓国では、アメリカの出来合いの技術で、どんどん昔のものをデジタル化してしまう。ぼくはやはり、そっちのほうが本筋だと思うんですがね。



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