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有鄰


平成12年6月10日  第391号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 横浜はダンスのメッカ (1) (2) (3)
P4 ○装丁にみる出版文化  臼田捷治
P5 ○人と作品  垣根涼介と『午前三時のルースター』        藤田昌司

 人と作品

ドイ・モイ下のベトナムを背景に、生きる真実とは何かを追及

垣根涼介と午前三時のルースター
 



  殺人事件が一つも起きないミステリー作品

 垣根涼介氏の『午前三時のルースター』(文藝春秋)はサントリーミステリー大賞、同読者賞のダブル受賞作。 “大型新人”というのはもう常套語になって新鮮さを失ったが、これはまさしく大型新人の登場だ。

垣根 涼介氏
垣根 涼介氏
 旅行代理店社員のおれ(長瀬)は、得意先の宝飾店社長に頼まれて、十六歳になるその孫の少年をベトナムへ 案内することになる。少年慎一郎は一人っ子。そして、その父(婿)は四年前、サイゴンの工場視察に行った まま、消息不明となっていた。たった一人のためのベトナムツアーは慎一郎の父親探しの旅であったが、現地を 訪れたおれたちは、思いもかけない事件と危機に直面する……。

 この作品の特色の一つは、恐怖の場面は相次ぐものの殺人事件は一つも起きないことだ。殺人ゲームばやりの ミステリーの中で、これは異色。
「人殺しを書くのは好きでないんです。警察や探偵も好みとして嫌いなので、そういうのが出ない世界を 書こうとしました。人を殺すことで人間の内面が描けるならOKですが、ただストーリーをころがすため だけの殺人は、安直すぎると思います」

 慎一郎少年の祖父、宝飾店のオーナー社長は叩き上げの創業者。いわば戦後日本経済復興の立て役者の 世代だ。その後継者として女婿に迎えられた父は、祖父の路線を継承発展させる責任を課された世代だが、 行方不明となって四年、母は新しい夫(少年にとっての義父)を迎え入れることになる。そうした世代間の 谷間の空白に置かれた慎一郎少年は、癒しがたい孤独をかかえて父探しの旅に出るのだ。

慎一郎が父探しを思い立ったのは、一編のドキュメンタリーテレビ番組がきっかけ。その中に、ヤミ市のような 盛り場で魚を売っている父の姿があったのだ。

 おれは出発に先立って源内という高校時代からの友人で元テレビ局プロデューサーだった男に協力を求め、 その番組をつくったクルーに会う。このクルーは、その市場の映像をフィルムに収めたことが原因で、命を 落としかねない事件に巻き込まれたという。  

  少年の父探しにでかけたサイゴンで理不尽な襲撃に

 おれは、今はテレビ局を辞めて悠々自適の源内と慎一郎と三人でサイゴンを訪ねる。だが意外にも、出発 に先立って予約しておいたホテルもガイドも車もすべてキャンセルされていた……。
「少年を軸にして考えると、世代間の話になっていけると思いました。主人公の“おれ”は日常から突き抜けられる、 どっちの世代もわかる視点の男です。対立候補として設定したのが源内です。おやじの遺産で暮らす一人者 ですから何にもひきずられることなく、しばられるものもない。ストーリーをころがす上で、主人公の キャラクターをより明確にするために設定した人物です」

 ともあれ、おれたちはサイゴンで、意気投合した運転手と、英語と少々の日本語もできる娼婦を雇い、 テレビ番組を手がかりに父探しに出かけるが、たちまち理不尽な襲撃に遭ってしまう。しかも父の姿は杳(よう)として わからない。

 作品の背景に、ドイ・モイ(刷新)政策下のベトナムの社会が描かれている。娼婦に関する二つの秘密組織があり、 互いに激しい抗争を繰り返している。慎一郎の父は、その一方の組織にかかわりがありそうだということが 次第に浮き上がってくる。なぜか?ここでその謎を解くことは差し控えよう。ただ一言だけいえば、この作品は、 それぞれの世代の人物の、生きる真実とは何かを追求している。

 垣根氏は一九六六年、長崎県生まれ。筑波大学第二学群人間学類卒後、リクルート、商社などを経て、旅行代理店 に七年半ほど勤務した。この間、ベトナム・ツアーに添乗したこともある。
「じつは二十五歳のとき、一本、六百枚ほどのミステリーを書きましたが、それを後で読み直し、ストーリー、 プロット、テンポ、キャラクター、あらゆる点から欠点を探し出しました。人物造型もなっていなくて、 支離滅裂だということがわかりました」

 旅行代理店に勤めながら二年がかりで書いた今度の作品は初めての応募作だ。その小説作法は──。
「思いついて書き始めるということはしません。テーマを決め、設計図をつくり、一般の人に読んでもらえる 価値があるか検討し、テーマを浮かび上がらせるためのプロットを考え、場面設定を考えます。旅行会社で いろんな人間を見てきましたので、人物像のストックはいっぱいあります」。第二作が楽しみだ。
1,600円(5%税込)。

(藤田昌司)


(敬称略)


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