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有鄰


平成12年7月10日  第392号  P3

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 昆虫の世界 (1) (2) (3)
P4 ○宣教師ルーミスの横浜からの手紙  岡部一興
P5 ○人と作品  山本一力と『損料屋喜八郎始末控え』        藤田昌司

 座談会

昆虫の世界 (3)


 

  激減しているゴマダラチョウ、クワガタの類

編集部 先ほどオオムラサキがいなくなったというお話がありましたが、その他にいなくなったものというと。

新堀
ゴマダラチョウ
ゴマダラチョウ
エノキに集まるゴマダラチョウも、昔はたくさんいた。タマムシも横浜市内では栄区で十年前に見たきりですね。クワガタの類も激減しているし、カナブンだっていない。一番驚くのはドウガネブイブイがいなくなった。昔は横浜市内の真ん中でも、夏になると毎晩、飛んで来ていた。

高桑
アオカナブン
アオカナブン
アオドウガネに駆逐されたみたい。今、カナブンの話がでましたが、非常に困ったことがあるんです。ごく普通のカナブンのほかに、光沢がすごく強いアオカナブンがいるんですが、このアオカナブンが相模川から東にいたかどうかという問題。というのは、今現在は、相模川以東にはアオカナブンの記録が全くないんです。話を聞いていくと一九七○年代まではいたらしいけど、標本が残っていないから、いたかどうかわからなくなっている。

 

  清掃した海岸にも切った材木にも虫がいなくなった

浜口 昭和三十年代の逗子あたりの海岸だと、海草を持ち上げると、三十匹、五十匹という虫が必ず出てきた。海草を食べるハエがいて、ハマベエンマムシのようにそれをまた食べる虫もいるという一つの世界があった。

ところが今はほとんどいない。おそらく海岸をきれいにしすぎたからだと思います。今、海岸の清掃は、海草であろうと貝がらであろうと、みんな集めて燃やして、砂場みたいにする。そのために、海草を分解する虫がいて、だんだん海草がちぎれて海に戻っていくというサイクルが海辺からなくなったようです。

高桑
キイロトラカミキリ
キイロトラカミキリ
同じことは林でも言えるんです。例えば住宅を建てるために木を切り、少しの間、薪として積んであったりする。ところが今は、それに虫がいない。一九七○年ごろまでは、カミキリムシをはじめとして、いろんな虫がたくさん集まっていた。

新堀 キイロトラカミキリなんて、うじゃうじゃいた。

高桑 別に薬をまいているわけじゃないのに、いない。木を切れば、それを早く分解しなきゃというので、いろんな虫が産卵にくるんですが、そういう虫がいない。信州でも、ブナのいい林があって、昔はたくさん虫がいたのに、今は薪が積んであっても、いない。なぜかわからないんですけど。

新堀 今は伐採木をあまり長く置いておかないから、土場がなくなったでしょう。

浜口 ただ単に環境が変わったとか、林がなくなったとかだけじゃないんだと思いますね。多分、化学物質汚染みたいなものも根底にあるような気がします。


ふえた種−温暖化や外国からの帰化

編集部 逆にふえている種類も結構あるそうですね。

浜口 温暖化と関係がありそうなケースもいくつかあるんです。

クマゼミ
クマゼミ
例えば、クマゼミという南方系のセミですが、もともと神奈川県は幼虫も育って、成虫が出てくる地域の一番北端で、城ヶ島とか小田原あたりまでは、毎年必ず成虫が出ていた。成虫は遠くまで飛ぶので、あっちこっちで声は聞こえていたのですが、ぬけがらが見つかったことはありませんでした。ところが、今は、大磯や横浜でも点々とクマゼミの抜けがらが見つかるようになった。

それは温暖化で暖かくなってクマゼミが自然にふえてきたものなのか、それとも、植木などに幼虫や卵がついて運ばれてきたものかという判断は難しいんですが、全体的に言うと、クマゼミは今、北に少し広がってきているといえます。

最近、大磯町でヒメクダマキモドキという、今まで静岡県までしか記録がなかったキリギリスの仲間がまとまっているのが岸一弘さんによって発見されました。この種類は神奈川の虫のニューフェイスですが、そういうものは大体南から来たものが多いです。

新堀 モンキアゲハも広がっているでしょう。それからアオスジアゲハ、クロコノマチョウ、ラミーカミキリも。

浜口 あと、鳴く虫では、アオマツムシという中国の虫が戦後広がった。アオマツムシは木の上で一生暮らしていて、町中でも生き延び、一番数の多い鳴く虫になっています。

対照的に、同じ木の上にいる虫でも、ヤブキリというもともと日本にいる虫は、木の上で暮らしていて土に産卵する。だから木があるだけではだめで、草地や地面がないとだめなので、都会にはあまりいません。

高桑
ヤブキリ
ヤブキリ
ウスバシロチョウ
ウスバシロチョウ
ウスバシロチョウもふえています。これは、もともと北のものですが、どんどん南のほうにふえている。これにはもっともらしい理由がついているんです。

つまり、人間が今まで使っていた畑を使わなくなったというのが一つ。もう一つは、税金がかからないようにするために、簡単な農作物、例えば栗を植える。そうすると、どちらの場合もチョウが食べる草のムラサキケマンが非常にはびこるんです。その草があるから、つまり、食い物プラス生活場所があるので、それが分布を拡大してきたと。

 

  外国から入ってきて三年で広まったブタクサハムシ

編集部 外国から来たものも結構あるんですか。例えば横浜港に輸入されたものについてきたとか。

高桑 そういうもので代表的なのはスイセンハナアブ。これはハナアブの仲間でハエに近いんですが、大きいんです。スイセンをオランダから輸入する時、それについてくる。それからオオタコゾウムシも、横浜から広がった。これは草を食べたりするので、よくあるケースですが、輸入する牧草の中にまざってきて一気に広がった。

浜口
ブタクサハムシ
ブタクサハムシ
最近、一番広がったのはブタクサハムシ。日本にそういうハムシがアメリカから来たという報告がされてから、まだ三年くらいしかたっていないのに、関東一円どこに行ってもたくさんいるんです。いったんいい条件があると広がるスピードはものすごく速い。


節度ある採集や観察で自然や生命の大切さを

編集部 昆虫趣味という点では今後はどうなんでしょうか。

新堀 日本昆虫協会が一生懸命普及活動をやっているわけです。今の子供たちはバッタもコオロギも知らない。トンボだって、下手をすればギンヤンマを知らない。とるためにメスを回してとるという遊びもなくなった。そういう昆虫と一緒に遊ぶという習慣がないから、今の子供たちは怖がって、セミをつかむこともできないし、カブトムシやクワガタはデパートに行けば売っていると思い込んでいる節もある。不幸だと思う。

それは野外体験ができなくなったことが決定的な要素だと思うんです。基本的に虫を知っていたことや多少虫を殺したことで、逆に自然の大切さと生命の大切さを実感できるということがあった。秩序のある、節度のある採集や観察をできるだけやらせたいと思っているけど、我々の後継者は非常に少ない。

高桑 今、新堀先生が言われたことは、昔の我々のような昆虫少年がいなくなったということなんです。でも逆に昔はなかった、おばさん、おじさんで昆虫をウォッチングする人が最近ふえてきた。

浜口 昔は昆虫とつき合う入り口は、採集して標本をつくるということだけだった。それが今、いろんなアプローチで虫とつき合える道が広がってきた。写真を撮ることから入っていく人もいるしセミの抜けがら調べから入っていく人もいる。それを上手に育てていくことが大事だと思います。

 

  ペットとして室内で飼われるクワガタムシ

高桑
ミヤマクワガタ
ミヤマクワガタ
あと一つ、昆虫に対する趣味が中高年齢化している大きな原因の一つに考えられるのはペットブームです。虫は、今はペットとして室内で飼われている。代表的なものはクワガタムシで、そのシンボル的なものがオオクワガタ。このオオクワガタ産業は恐ろしいものがあります。例えばクワガタの飼育専門の雑誌が次々に出てきている。中でも『Kuwata』(ワイルドプライド発行)という雑誌はすごい部数で、また、ある雑誌がクワガタ特集号を組めば広告料だけでもすごい。

だから、我々の感覚の趣味と、昆虫をペットとして見る人たちとは違う。ペットとして見る人のほうがはるかに多いから、すごくいびつな状況になっていると思います。

浜口 そういう価値観が子供の世界にも反映して、虫に興味を持つ子供たちに、こういうクワガタだったら何万円するというような価値がこびりついている。大人の価値観が子供たちの社会にも反映するということだと思う。

高桑 しかも、植物防疫法が変わり、条件付きでクワガタ、カブトを外国から持ってきてもいいということになった。例えば中南米の、世界一大きいヘルクレスオオカブトとか、ネプチューンオオカブトも持ってこられるんです。


昆虫の激減は人間にとっても危機的状況

編集部 今後、例えば五十年後の昆虫の世界はどうなっているでしょうね。

新堀 ちょっと想像できないけど、やっぱり自然は戻らないよね。ただ、かなり気をつけて守るような部分もふえているから、その部分についての保証はあると思う。

例えば、丹沢のブナ林が枯れて、しかも山が乾燥してどうにもならなくて、植生も破壊されているという状況が調査でわかったけれど、あれを回復させることは相当大変です。それが大気汚染や酸性雨などで始まっているとすれば、人間が起こしたことだから、その影響は相当大きいと思う。

そのあたりから神奈川県の昆虫相の将来を考えるとかなり暗い感じがします。それでなくても丹沢は個体数が非常に少ない所だから。丹沢は種類数はかなりあっても一つの種類がたくさんいない。そういう状況で植物がどんどん悪くなってくれば、結局、丹沢の昆虫相は衰えるでしょう。

浜口 さきほどのヨコハマナガゴミムシの話のように、最近、川の工事で建設省が気を使うようになったり、プラスの面も多少出てきている。そういう意味で、多少楽観的に思っているんです。もちろん一昔前の状況が戻ってくるとは思えませんが、これから人口も減りぎみになってくるし、最悪、今の状態よりは良くなるのかなと。

一番心配なのは、明らかに三、四十年前に比べると昆虫の絶対数がものすごく減っている。それは、いわゆる開発だけでは説明できないものがあって、先ほども言ったように、その背景に、農薬や化学物質をたくさん環境中に人間がばらまいてきて、それがジワジワと影響してきているんじゃないかという危機感を感じるのです。もしそうだとすると、今後もまだまだ減り続けるかもしれない。それだけ虫が減ったということは、我々人間にとってもすごく危機的であるということを伝えているのかもしれないし、それは怖いなと思っています。

 

  生き物がすんでいる所を壊さないような都市再開発を

高桑 人間が生存する上でもうすでに危機的な状況になっているということも自覚してもらわなきゃ困る。

そういう自覚があれば、原因を究明して、どうすればブレーキがかかるようになるかを実践していくしかないと思う。ただ、最終的にはみんな文明的な生活を求めたい。求めれば求めるほど、自然の中の生き物たちとのギャップが広がることは事実です。

だから、文明的な生活を求めるなら求めるで、今ある都市から、自然の生き物がすんでいる所をより壊さないようにするための方策、つまり、そういう都市再開発ができるかどうかですね。難しいとは思うんですが、それはゾーニングの問題だと思うんです。日本規模、地球規模のゾーニングしかないと思います。

新堀 もう一つは林業との関わり合いですね。植林されたスギやヒノキ林をどうするか。これによって生態系が猛烈に単純化した。特に昆虫は壊滅的になった。今、材木は売れないし、しかも花粉症で苦しんでいる人も多い。でも林業家は、将来、また絶対必要になって、スギ、ヒノキが戻ると思っている。

浜口 むしろ外国から材木が買えなくなるということでしょう。

新堀 そうですね。だから必ずまた回復する。そのために我々はこれを守るんだと言っています。それがどういうことになるかということが、一つあると思う。

高桑 もっと目前の現実は農業ですね。日本は稲作そのものがこのままでは滅びる。

新堀 食糧の自給率の問題ですね。

高桑 農業にも漁業にも、すでに問題がありますよね。我々は問題解決に対しての助言者になれるかもしれないけど、残念ながら、それを主導的にやることは難しい。結局はみんなが自覚を持って、それなりのことをするしかないと思いますね。

編集部 きょうは、どうもありがとうございました。




 
しんぼり とよひこ
一九三一年横浜生れ。
著書『蠱惑の森』神奈川新聞社1,575円(5%税込) ほか。
 
はまぐち てついち
一九四七年山梨県生れ。
著書『生きもの地図が語る街の自然』岩波書店1,995円(5%税込)、
『放課後博物館へようこそ』地人書館1,890円(5%税込) ほか。
 
たかくわ まさとし
一九四七年横浜生れ。
編著『ベニボシカミキリの世界』むし社2,940円(5%税込)、
『かながわの自然図鑑(2)昆虫』(共著)有隣堂1,680円(5%税込) ほか
 




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