■『有鄰』最新号 | ■『有鄰』バックナンバーインデックス |
平成13年3月10日 第400号 P5 |
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目次 | |
P1 P2 P3 | ○座談会 北斎・広重と東海道 (1) (2) (3) |
P4 | ○ランドマークが見た神奈川の100年取材記 谷川泰司 |
P5 | ○人と作品 北村薫と『リセット』 藤田昌司 |
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人と作品 |
”時と人”をテーマにしたファンタジー・ミステリー 北村薫と『リセット』 |
『スキップ』『ターン』に続く三部作 北村薫さんの『リセット』(新潮社)は“時と人”をテーマにした『スキップ』『ターン』に次ぐ三部作の最終編だ。前二作もファンタジー・ミステリー として好評だったが、最終編も期待にたがわず面白い。十代から八十代まで、男女を問わず愛読されて、ベストセラーになっている。
最新編『リセット』は、時空を超えて結び合う男女の魂の、幻想味と叙情性にあふれたプロットだ。昭和十年代の半ば、 歯みがきメーカー重役の娘の真澄は、社主の一族の少年・修一と親しくなり、淡くほのぼのとした恋ごころを抱く。やがて 太平洋戦争になり、二人は軍需工場に学徒勤労動員で駆り出される。 空襲が烈しくなったある日、真澄は思い切って修一の自宅を訪ねる。手土産は彼女が工場でジュラルミンの廃材を利用して 丹精こめてつくった〈フライ返し〉だった。「また、会えたね」と喜ぶ修一に真澄が満足したのも束の間、修一は爆死する。 それから数十年後。──話は変わって、病を得て入院中の初老の男が主人公だ。男は自らの少年時代の日記を読み返しながら、 ラジカセに向かって、当時の不思議な体験を回想する。 家の近くに、自宅をホームライブラリーにして、子供たちに本を貸し与えている独身で中年の女性編集者がいた。本好きの少年は そのおばさんと親しくなり、出入りしているある日、おばさんは、ホットケーキを焼いてご馳走してくれようとする。少年も手伝う。 「焼けたらひっくり返して──」。だがその時、手渡された〈フライ返し〉を見て少年は絶句する。「──まあちゃん」。 「──あなたは誰?」「……修一」。少年は十七年の時空を超えて修一となり、彼女を抱きしめるのだ。「……会いたかった」「……わたしだって、 ……わたしだって」 だが、その後、少年がその家を訪ねると、おばさんは消えている。勤め先の出版社から転居先を聞き出して、ついに再会を果たすが、分別ある おばさんは少年をいましめ、自宅まで電車で送り届けるという。そのコースは常磐線だった。そしてその日は、昭和三十七年五月三日。 あの“魔の日”だった。二人が乗り合わせた電車は三河島で二重衝突の大惨事に遭遇、おばさんの機転で少年は助かるが、おばさんは絶命するのだ。 鮮やかに再現される時代相が時空の転位にリアリティを
こうした時空の転位を、三十三年ごとに現れるという獅子座流星群の天体現象を時軸の背景にしながら展開していくのだが、
その転位にリアリティをもたせているのは、鮮やかに再現される世間の時代相だ。たとえば三河島事故のころリバイバルブームという
言葉がはやり、〈花もあらしも踏みこえて……〉の愛染かつらの「旅の夜風」が盛んにうたわれたという。そうしてディテールを
繰り出してくる作者の、博覧強記には驚くべきものがある。「とくにディテールに配慮しようとしているわけではありませんが、
書いているうちに昔読んだものが不思議によみがえってきたのは事実です」 この作家はかつて、「小説が書かれ読まれるのは、
人生がただ一度であるということへの抗議からだ」と述べたことがある。この作家のスタンスを見事に表現している。
(藤田昌司)
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