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平成13年6月10日 第403号 P1 |
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目次 | |
P1 | ○嫌われては迷惑なダニもいる 青木淳一 |
P2 P3 P4 | ○座談会 横浜真葛焼−幻の名窯 (1) (2) (3) |
P5 | ○人と作品 亀田紀子と『明るい未来は自分で創ろう』 藤田昌司 |
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嫌われては迷惑なダニもいる |
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ダニ研究者もヘンな人?
たしかに、ダニのなかには嫌なやつもいます。昔から、「ダニのように食い付いて離れない」とか、「街のダニ」とかいわれています。これは、山を歩いているときに 体にとりついて二週間も吸血しつづけて膨れあがるマダニ、天井裏のネズミの巣にいて、時に居間や寝室に降ってきて人間を刺すイエダニなどに対していわれたことなのでしょう。 最近はダニに対するイメージも変化し、ダニといえばタタミやジュウタンにわくコナダニやチリダニ(ヒョウヒダニ)が頭に浮かぶようになりました。コナダニは貯蔵食品や タタミにわき、それ自体はヒトを刺しませんが、コナダニを食べにやってくるツメダニが時々、人にかゆみを起こさせるのです。チリダニのほうは、アレルギー性喘息の原因になります。 しかし、ダニ全体を眺めれば、いいダニも悪いダニもいるのです。 昆虫だって、アゲハチョウやテントウムシのように美しいものもあれば、シラミやハエのように嫌なやつもいます。だから、「昆虫」と聞いただけで嫌な顔をする人はいません。 ダニだって、いろいろな種が含まれているんです。「ダニ」と聞いただけで嫌な顔をされては困るんです。 無害なダニもいる? では、人間にとって無害なダニなんているのでしょうかという質問が出てきます。います、います。たくさんいます。それどころか、ダニの大部分は無害なのです。 現在、地球上から記載されたダニ類は全部で六万種くらいいるといわれています。そのうち、人間だけに専門に寄生するダニは、たったの二種です。疥癬(かいせん)の原因になる ヒゼンダニ、人の顔の皮脂腺にすむニキビダニ(最近のテレビではカオダニという)の二種です。その他、タヌキ、シカ、ネズミ、ハト、ニワトリなどの鳥獣に寄生している ダニが人につく場合もありますが、それらを全部ひっくるめても、ダニ類全体の一割にもならないでしょう。つまり、おおまかにいえば、ダニはほとんど無害な虫なのです。 それどころか、私たち人間にとって有益なダニもいるのです。農家では農作物や果樹に加害するハダニ(農家ではアカダニと呼ぶ)に手を焼いています。とくに、ナス、トマト、 チャ、リンゴ、ナシ、モモ、ミカンなどには葉裏に真っ赤なハダニがたくさんついて、葉をしおらせてしまいます。 ところが、この害ダニを捕食するカブリダニやハモリダニなどの天敵ダニが知られています。つまり、ダニを食べるダニがいるのです。とくに、チリー原産のチリカブリダニは ドイツの製薬会社が人工的に増殖させ、これを生きたまま世界中に販売しています。これを果樹園などにばらまくと、ハダニを食べつくしてくれます。このような生物を 「生物農薬」と呼び、普通の農薬と違って環境汚染を引き起こさないという点で注目されています。 また、昔から掛け軸などの表装に使われている古糊(ふるのり)をつくるのに、コナダニの一種が必要なのだそうです。瓶の中に仕込んだ糊のもとにはアオカビが一面に生えますが、これを コナダニが食べ、その後によい糊ができるのです。 ちょっと意外な話ですが、チーズをつくるときに必要なダニもいます。ドイツのアルテンブルグ地方には独特なチーズがあって、山羊の乳でこしらえた棒状のチーズのもとを、 チーズコナダニがいっぱいわいた瓶の中に入れていきます。チーズの表面にはダニがびっしりと付着し、その結果、レモンのような香りのするおいしいチーズができあがるのです。 大自然の土にすむダニの役割
このような働きをしているのは、なにもササラダニに限ったことではなく、土壌中にすむミミズ、ワラジムシ、ヤスデ、トビムシなども役に立っているのですが、種類数と生息数でみると、 ササラダニがもっとも多いのです。 たとえば、都市近郊の雑木林で調べてみても、一平方メートルあたり三十種、五万匹前後の数がすんでいます。ちょっとピンと来ないかもしれないので、人間の足の裏の面積に換算すると 千匹になります。つまり、わたしたちが林の中を歩いているとき、足を一歩踏み出すごとに千匹のダニを踏んでいることになります。ただ、そんなことは普段意識していないだけのことです。 自然界には、一般に知られていないことが、いくらでもあるのです。 ダニで自然を診断する 私が農学部の学生としてササラダニの研究を始めたころ「君の研究は日本の農業にどう役立つのかね?」と多くの教授たちから嫌味をいわれました。土壌学の教授ですら、土壌有機物の分解に 関与している動物はミミズだけと信じていたのですから。 ササラダニが生態系の中で果たしている役割についてはすでに述べましたが、それ以外にまったく別のことでササラダニが役に立つことが、ずいぶん後になってわかってきました。
そこで、さまざまな適応幅を示す日本産のササラダニを百種選んで、それぞれに一点から五点までの点数をつけ、出現したダニの平均点をもって、その場所の自然性を評価する方法を提案したのです。 正直いって、ササラダニがこんなことに役立つなんて、当初は思ってもみなかったのです。役に立たない研究だと思いながらも、日本産の種を次々に記載して名前をつけておいてよかったと、今さらながら 思っています。 ダニは本来自活性の動物だった どうでしょうか。ダニに対するイメージを少しは変えていただけたでしょうか。人の場合と同じように、一度悪い印象を与えられてしまうと、それはなかなか変わらないものです。たしかに、ダニのなかには 悪いやつもいますが、それはほんの一部なのです。 考えてもみてください。ダニがこの地球上に現れたのは古生代のデボン紀といわれていますから、今から三億年くらい前です。そのころは、たかろうと思っても、鳥や獣はまだ地球上に現れていませんでした。 おそらくは裸子植物やシダの落ち葉の下にすみ、植物質の腐りかけたものや小さい虫などを食べていたのでしょう。つまり、ダニは本来自活性の動物だったのです。そのことから考えても、鳥や哺乳類に寄生するダニは、 ずっと後になって進化してきた特別なダニということになるのです。 |
あおき じゅんいち |
一九三五年京都生まれ。 |
横浜国立大学名誉教授。 |
現在、神奈川県立生命の星・地球博物館館長。 |
著書『ダニにまつわる話』筑摩書房1,260円(5%税込) 編著『日本産土壌動物−分類のための図解検索』 東海大学出版会26,250円(5%税込)、ほか。 |