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第73回 2009年5月7日 |
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〜五月病に罹ったあなたに〜 | |||||||||
<症例1> もしもあなたが生きることの意味について答えを出せずに立ち止まっているなら、百田尚樹『風の中のマリア』を差し出そう。 この小説の主人公はオオスズメバチのマリア。 人呼んで「疾風のマリア」。 マリアが羽化してから死ぬまでの物語を主軸に、マリアが生まれた「帝国」(巨大な巣)の栄枯盛衰が描かれている。 ご存知の方もいることと思うが、オオスズメバチの巣は、1匹の女王バチと彼女から生まれたハタラキバチで構成されている。 オスは1匹もおらず、娘たちは「ワーカー」(ハタラキバチ)として、後から次々と生まれてくる妹たちのエサを狩りに出かける。 彼女たちが卵を産むことはない。 最長で30日間の命を「ヴェスパ・マンダリニア(オオスズメバチの学名)の戦士」として生きるのである。 マリアや姉妹の蜂たちは、どうして自分たちはメスとして生まれながら子供を生むことができないのか、と折りに触れて疑問を持つのだが、すぐにそんな疑問は打ち消して「自分は自分の務めを果たすだけ」と目の前の敵を倒す。 他の昆虫たちも然り。 メスを惹きつけるために美しい翅を持つオスのミドリシジミも、一生を蓑の中で終えるチャミノガのメスも、一年過ごした水の中から出て一日で死ぬカゲロウも、自らの生き方に疑問を持つことなく、ただDNAを残すためだけにその生をまっとうする。 もしも、あなたが生きることの意味について悩んでいるのなら、この本を読めば生命の神秘を知ることになるだろう。 生きていることそれ自体が遺伝子の為せる業であることを。 本書は今年一番のエンターテインメント小説になるかもしれないので、その意味でも必読の1冊だ。 |
風の中のマリア 百田尚樹:著 講談社 1,575円 (5%税込) |
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<症例2> もしもあなたが世間と自分との間にズレを感じているなら、春日武彦・穂村弘『人生問題集』を差し出そう。 精神科医の春日武彦と歌人の穂村弘が「友情」「努力」「愛」など、白樺派のようなテーマについて語った対談集だ。 言葉に対する感覚が鋭いこの2人の会話なので読み物としてすこぶる面白い。 「心の飢えを人間関係の中で補えるとか補おうとは思えない」「努力というのは正しいスタート地点にたどり着くまでが大変」など、多くの人が言葉に言い表せなくてモヤモヤしている思いを的を射て言い当てている文言がいくつもあり、読みながら目からウロコが何枚も落ちるのだが、こんなに大人げない人たちでも社会の第一線で活躍しているんだ、と大いなる勇気をもらえる1冊でもある。 もしもあなたが世間の常識と折り合いがつかなくて悩んでいるのなら、この本を読めば悩んでいるのは自分だけではないし、どうせ悩むならこの2人のように明るく悩もう、と前向きな気持ちになるだろう。 少しぐらい変な感覚を持っているほうが人生は楽しくなるということも。 |
人生問題集 春日武彦、穂村弘 :著 角川書店 1,785円 (5%税込) |
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<症例3> もしもあなたが同じことの繰り返しの毎日に倦んでいるなら、宮下奈都『遠くの声に耳を澄ませて』を差し出そう。 一昨年、『スコーレNo.4』(本の泉 第26回参照)が静かに話題になった著者による、「旅」をテーマにした短編集だ。 『スコーレ№4』では、ひたむきに働く若い女性の誠実さに胸を打たれた。 この短編集も特にドラマチックな要素はなく、ふつうの人々のありきたりな日常が描かれている。 それなのに、泣きたくなるほど美しいものを見せられたような思いになる。 他人には気づいてもらえないけれども自分にとっては大切なちょっとした出来事。 そういったものを丁寧に切り取るのが宮下奈都は抜群に巧い。 宮下作品を読むと、日常の些細な変化が人それぞれの人生を形づくっていくということに気づかされるのだ。 もしもあなたが変わり映えのしない日常に飽きているのなら、この本を読めば身の回りの些事を大事にすることから全ては始まるのだと分かるだろう。 自分が思っているより世界は輝いているのだということも。 |
遠くの声に 耳を澄ませて 宮下奈都:著 新潮社 1,470円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
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