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第82回 2009年9月17日 |
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〜故きを温ねて新しきを知る〜 | |||||||||
年末に向け、文芸書コーナーでは大物新刊が目白押しの今日この頃。 はるか昔に書かれたあの作品を読んでいればこの本の面白さはもっと深まるだろうに、と思える新刊が最近は実に多い。 たとえば伊坂幸太郎の新刊『あるキング』は、シェイクスピアの『マクベス』を知っていればはるかに面白みが増す。 今回は、そんなふうに読書の幅を広げてくれそうな3冊をご紹介したい。 |
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まず初めに、吉田修一『横道世之介』を。 主人公は、九州から東京の大学に出てきたばかりの横道世之介という青年。 ごくごく平凡な彼の大学生活1年目(と20年後)を描いた、『悪人』と同じ著者が書いたとは思えない青春小説だ。 書評家の北上次郎ふうに言えば、“あらすじを説明しただけでは大切な何かがこぼれ落ちてしまう類の小説”で、細かいながらも魅力的なエピソードが至るところに散りばめられている。 特に印象的なのは、世之介が片瀬千春という高嶺の花に見事にふられる場面。 明治時代に書かれた夏目漱石『三四郎』の三四郎しかり、昭和時代の宮本輝『青が散る』の椎名燎平しかり、大学生になったばかりの純朴な青年が大人びた女性に翻弄される構図は青春小説の王道と言っていい。 本書は『三四郎』『青が散る』に並ぶ平成版ビルドゥングスロマンだ。 個人的には、本年度のベストワン! 1人でも多くの方に、この愛すべき主人公の存在を知ってほしい。 読み終えた後、必ず誰かとこの本について、世之介について、語り合いたくなるはずだ。 |
横道世之介 吉田修一:著 毎日新聞社 1,680円 (5%税込) |
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次にご紹介するのは、中島京子『女中譚』。 著者の十八番は、ずばり「本歌取り」。 本書の帯にも書いてあるように、『イトウの恋』では『イザベラ・バードの日本紀行』を傑作恋愛小説に、『FUTON』では田山花袋の『蒲団』を全く違う現代小説に昇華させている。 本書も、林芙美子・吉屋信子・永井荷風の女中小説へのオマージュとなっている。 舞台は現代の秋葉原。 かつて女中としてならした老女が、メイド服姿の若い女性に過去を語って聞かせる。 「昔、メイドっていったら女中のことじゃあなくて亀戸の私娼窟のことだったのよ」と。 元ネタとなっている女中小説を読んでいなくてもじゅうぶん楽しめる1冊だが、第三章「女中のはなし」は永井荷風『東綺譚』と照らし合わせて読むとはるかに面白い。 ある文士と女中の話なのだが、これは『東綺譚』作中小説「失踪」の、言わば舞台裏を描いており、とらえどころのない荷風の人間性に妙に心を惹かれる名短編となっている。 余談だが、太宰治の『女生徒』の中に「東綺譚には、寂しさのある動かない強さが在る。 私は、好きだ。 」というセリフがある。 「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の歌詞を彷彿させる『女中譚』の蓮っ葉な文体に、「寂しさのある動かない強さ」を感じるのは私だけだろうか。 |
女中譚 中島京子:著 朝日新聞出版 1,470円 (5%税込) |
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柳田国男・井上靖・深沢七郎など、多くの作家によって書かれた「姥捨て伝説」。 山に捨てられた老婆はその後どうなったのか? それを描いた小説が、佐藤友哉『デンデラ』だ。 本書では、老婆たちは「デンデラ」という共同体を作って生活している、という設定になっている。 この「デンデラ」の住人には、自分たちを捨てた「村」を襲う計画を立てている「襲撃派」とそれに反対する「穏健派」で分かれている。 この対立だけでも不穏な様相を呈しているのだが、そこに熊が襲撃してきたり、疫病が蔓延したりと、さらに怖ろしい展開を見せるのである。 深沢七郎『楢山節考』を読んで涙したことのある方なら、本書に描かれた老婆たちの強さに度肝を抜かれることだろう。 共同体内部の対立という部分に惹かれた方は、ゴールディング『蝿の王』や大江健三郎『芽むしり仔撃ち』と読み比べても面白いし、熊の襲撃場面が印象に残った方は、熊谷達也の『邂逅の森』などのマタギものと読み比べるのも一興であろう。 色々な楽しみ方を提供してくれる本書ではあるが、まだ20代の著者がどうして今この作品を書いたのかは注目すべきだ。 弱者切り捨ての世界を。 そういった意味で本書は『希望格差社会』や『反貧困』などと併読されるべき1冊なのかもしれない。 |
デンデラ 佐藤友哉:著 新潮社 1,785円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
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