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第83回 2009年10月8日 |
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〜この作家、この勝負作!〜 | |||||||||
年末に向け、文芸書コーナーでは大物新刊が目白押しの今日この頃、と前回申し上げたが、当然ながらこの時季は、この作家の会心の1作!と言える作品が現れることも多い。 今回は、「勝負作」と呼ぶべき3冊をご紹介したい。 |
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まず初めに、川上未映子『ヘヴン』。 当コーナーでご紹介するまでもなく、雑誌「群像」掲載時から話題になっていた作品。 主人公は中学1年生の「僕」。 斜視であることを理由にクラスで暴力的ないじめを受けている「僕」は、汚いことを理由に同じくいじめられている女子「コジマ」と友情を育んでいく。 “個人は大きな力に対してどれだけ立ち向かえるのか”を突き詰めて描いた、著者初の長編小説だ。 驚くべきは、その文体だ。 芥川賞受賞作『乳と卵』やそれ以前の小説で川上未映子を知った読者なら、読み始めてすぐこの小説がこれまでの川上作品とは一線を画すことに気付くだろう。 自身の武器とも言える饒舌な関西弁を封印した著者の意気込みには、終始圧倒される。 読んでいて、胸がキュウっと締め付けられるほど辛くなる。 心の叫びを感じる作品だ。 村上春樹『1Q84』との比較もなされる本書。 沼野充義は「『ヘヴン』は『1Q84』が避けて通っている問題に対して、文学が与え得る最高の回答例」と称賛している。 是非あわせてお読みいただきたい。 |
ヘヴン 川上未映子:著 講談社 1,470円 (5%税込) |
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次に、辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』を。 今年29歳の著者が、「今だからこそ描けた」と言う渾身の長編小説。 —幼馴染みのチエが母親を殺して失踪した。 仲の良かった母娘に何が起きたのか? フリーライターのみずほが共通の知人に事情を聴いて回り、チエの行方を追う第一章では、女同士の付き合いの難しさや、母娘関係というものの複雑さ、赤ちゃんポストの是非など、様々な問題が提起される。 この第一章からぐいぐい引き込まれるのだが、特筆すべきは逃亡中のチエの視点で語られる第二章である。 辻村深月は丁寧すぎるほどの表現が持ち味の作家だとも言えるが、この第二章では「語り過ぎない」という新しい手法に成功している。 第二章に関しては、これだけの短さでこれほどまでに中身の濃い小説はそうそうないと言えるだろう。 『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』というタイトルの意味がわかる場面は何とも言えない気分になる。 親子の絆の美しさと悲しさを痛いほど思い知らせてくれる1冊だ。 アラサー世代の女性の方には、特におすすめしたい。 |
ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 辻村深月:著 講談社 1,680円 (5%税込) |
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親子の絆、と言えば、山本幸久『床屋さんへ ちょっと』も忘れてはならない。 このタイトルと装丁から、床屋が舞台の小説かと誤解する方も多いと思うが、本書は、父親から継いだ会社を倒産させてしまった過去を持つ1人の男の歴史を、さらに言えばその男と彼の娘の歴史を描いた小説だ。 定年後の彼を描いた第一章から、彼が若かりし頃へと章を追うごとに時代は遡っていく。 この構成がいい。 人には誰しも背負っている歴史があるということにあらためて強く気付かせてくれる。 本書を読んで自分の父親の過去に思いを馳せる読者も多いことだろう。 著者独特のユーモアとディテイルの面白さはもちろん健在だが、これまでの山本幸久作品を読んできた読者ならお分かりのように、本書はトーンが低いというか、大人びているというか、過去の作品と比べると淡々とした印象を受ける。 その落ち着き具合が最終章で華々しく功を奏すのである。 —「父さん。 父さん。 助けて、父さん。 私はどうすればいいの。 助けて。 助けて。」 娘の視点から描かれる最終章では、彼女の迸る思いに涙が溢れて止まらなくなるはずだ。 『カイシャデイズ』『凸凹デイズ』など、お仕事小説に定評のある著者だが、本書はお仕事小説+家族小説を融合した、新たな代表作の1つに加わるだろう。 いつブレイクしてもおかしくない作家・山本幸久。 どうせいつかブレイクするなら、本書で爆発することを切に願う。 世の働く男性たちに、そしてすべての娘たちに、いやすべての日本人に読んでほしい今年の必読本の中の1冊だ。 |
床屋さんへ ちょっと 山本幸久:著 集英社 1,575円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
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