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第93回 2010年3月4日 |
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〜ハズさない“いい話”〜 | |||||||||
数ヶ月前、某出版社の営業さんが「いわゆる“いい話”の小説が売れなくなった」と仰っていたのが強く印象に残っている。 確かに今文芸書コーナーで「売れている」と言えるのは、ベストセラー作家のミステリーか、コミックエッセイか、タレント本くらいだ。 その営業さんがこう仰っていたのもよく覚えている。 「みんな本を買って損したくないんですよね」。 というわけで、今回は買っても損をしない“いい話”の小説をご紹介したい。 |
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まず最初に、自信を持ってお薦めしたいのが乾ルカ『メグル』。 本書は著者の3冊目の単行本。 デビュー作『夏光』が出た時には朱川湊人や恒川光太郎級の“泣けるホラー作家”が登場したものだと度肝を抜かれたものだが、本書は前2作に比べるとホラー色は薄くなっている。 が、心の琴線に触れるような作風は本書でも光っている。 舞台は北海道のH大学。 学生部の謎めいた女性職員から学生たちが斡旋される不思議なアルバイト。 「死体の付き添い」1晩5万円、「犬の餌やり」1日1万円、「食事」時給5千円、等々。 これらのアルバイトを通して彼らは報酬以外に何を得ることになるのだろうか…? どの短編を読んでも感じるのは、私たちは必ず誰かと「つながっている」ということ。 それは、家族であったり、友人であったり、めぐりめぐって見ず知らずの人であったり。 特にそれを感じたのは、最後に収録された表題作「メグル」だ。 ラストの3行は涙なしには読めない。 後味が良く、前向きな気持ちにさせてくれる好短篇だ。 本作品を読んで気に入った方には是非『夏光』所収の「風、檸檬、冬の終わり」もお読みいただきたい(本の泉第34回参照)。 |
メグル 乾ルカ:著 東京創元社 1,680円 (5%税込) |
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「もっと売れてほしい作家」は誰? アンケートを取ったら、おそらく多くの書店員が真っ先に名前を挙げるのが山本幸久だろう。 “お仕事小説の名手”と呼ばれる著者の最新刊は、さまざまな立場にある40代女性が主人公の短編集『愛は苦手』。 各短編のヒロインは、幸せになりたい! または、誰かを幸せにしたい! と切に思っており、「愛は苦手」というよりも愛を切実に求めながらままならない日々を送っているような女性たちだ。 男性作家なのにどうしてこんなに女性の気持ちが分かるの? と思わせる著者の力量は健在で、女性の読者でなくてもヒロインたちの何気ないセリフや身の回りのアイテムをめぐるエピソードの中に「これ、自分と同じ!」と膝を打つものが多々あるはずだ。 ちなみに私は、「ひとよりも周回遅れで人生を送っているように思えてきた」というセリフに激しく共感を覚えた。 この「共感」こそ読書の醍醐味の1つであると思うのだが、そういう点でも本書は「アラフォー」と呼ばれる世代の方々に大いなる読書の喜びを与えてくれる1冊だろう。 また、本書の表紙の写真がすこぶる良い。 この表紙を部屋に飾っておくために購入してしまったのは、他でもないこの私。 |
愛は苦手 山本幸久:著 新潮社 1,470円 (5%税込) |
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上に紹介した『愛は苦手』の表題作に次のようなセリフがある。 「でもきっとそれが愛というものなのだろう。 よくわからないよ、私には。」 —つくづくそんな気持ちにさせられたのが、島本理生の新刊『真綿荘の住人たち』だ。 「真綿荘」という下宿で、一筋縄ではいかない恋愛模様を繰り広げている5人の男女が主人公の連作短編集だ。 上京したばかりの大和君は性格の悪い美女に駆け落ちを迫られ、大柄で容姿にコンプレックスのある鯨ちゃんは大和君に恋をし、男嫌いの椿さんは女子高生に一途に思われ、大家の綿貫さんは美術家の晴雨を「内縁の夫」と呼んで同じ屋根の下で暮らしている…。 彼らそれぞれの恋が各章で描かれるのだが、中でも鯨ちゃんを主人公にした「シスター」という短編が精彩を放っている。 島本理生の恋愛ものと言えば、話題作となった『ナラタージュ』の切なさを思い出す方も多いと思うが、この鯨ちゃんに片思いしている男子学生の存在が何とも言えず切ない。 片思いのさなかにいる方には、この章のラストを是非読んでほしい。 心に響くものがきっとあるはずだ。 もちろん、かつてこんな思いを味わったことのある方にも。 “どうしてこの人じゃなきゃダメなんだろう?” —「でもきっとそれが愛というものなのだろう。 よくわからないよ、私には。」 |
真綿荘の住人たち 島本理生:著 文藝春秋 1,400円 (5%税込) |
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文・読書推進委員 加藤泉
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