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第94回 2010年3月18日

●執筆者紹介●
 
加藤泉
有隣堂 読書推進委員。
仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

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〜この時代小説がすごい!〜
 
「Neo時代小説」という言葉をご存知だろうか?
明確な定義はないが、和田竜の「のぼうの城」がヒットした後に出された、従来の歴史小説よりもエンターテインメント性の高い時代小説、また、そのムーブメントを指していると思われる。
確かに最近の時代小説は若者が手に取りやすそうな装丁の本が多く、「のぼう」以前と以後では売り場の平台の雰囲気もだいぶ変わってきている。
かく申す私も「のぼう」以降、時代小説の面白さに開眼した1人であり、このジャンルは日本の宝であると感じるまでになっている。
というわけで、今回は今注目すべき時代小説をご紹介したい。
 

 
 まず初めにご紹介するのは、富樫倫太郎『早雲の軍配者』。
最近何か面白い本ある? と聞かれたら、真っ先に薦めたいのがこの本だ。

軍配者とは、「戦の全般に関して君主に助言する専門家」のこと。
戦国黎明期、伊勢宗瑞(後の北条早雲)に才覚を見出された小太郎少年が、宋瑞の孫・千代丸(後の北条氏康)の軍配者となるべく教育を施される、という物語。

第一部で宗瑞の薫陶を受けた小太郎。 第二部では軍配者を養成する足利学校に入学し、後に扇谷上杉家の軍配者となる曾我冬之助、武田家の軍配者となる山本勘助と、好敵手としての友情を育む過程が描かれ、ビルドゥングスロマンとして非常に読み応えがある。
それに加えて、第三部では実際の合戦に直面した3人が知略を巡らせる面白さも堪能できる。

しかし何と言っても本書全体を通して痛感するのは、為政者としての伊勢宗瑞の人徳である。
「国を支えるものは武でもなければ財でもない。 人である」と、何よりもまず民衆のことを考えた宗瑞の心がまえには心を揺さぶられるものがある。
すべての政治家に読んでほしい1冊だ。

私は本を読むのが早いほうではないのだが、この本に関してはとにかく早く続きが読みたくて、461ページを平日2日で読み終えた。 これは自分としては驚異的なスピードである。
おそらく続編も書かれることと思うが、これほど続きが読みたい小説は久々だ。

 
 
早雲の軍配者・表紙画像
早雲の軍配者


富樫倫太郎:著
中央公論新社
1,785円
(5%税込)

 『早雲の軍配者』に描かれた戦国の武士に比べ、泰平の時代における武士の生き方の難しさを味わわせてくれるのが谺雄一郎『十三人の刺客』だ。
タイトルを聞いておやっ? と思われた方も多いだろうが、昭和38年に公開された映画が今秋リメイクされることを受けて小説化されたのが本書である。
ちなみに昭和38年当時、映画の脚本を書いたのは池宮彰一郎である。

時は天保15年。 第12代将軍家慶の御世。 明石藩の江戸家老・間宮図書が老中土井大炊頭の上屋敷門前で切腹する場面で本書は幕を開ける。 命を懸けてまで間宮図書が訴えたかったこととは、播州明石十万石藩主松平斉宜の言語を絶する乱行の数々。 12代将軍の実弟であることから何をやってもお咎めなしの斉宜を隠密裏に亡き者にすべく、島田新左衛門以下13人の侍たちが集められる…。

ノベライズと言うと、とかく低いものに見られがちだが、本書を読んでいるとそれを感じることなく、ぐいぐいと作品世界に引き込まれる。
上に紹介した『早雲の軍配者』のような戦略の面白さもあり、日本人の大好きな忠臣蔵に通じる仇討ちの痛快さもある。
そして何と言っても、時代劇映画史上最長とされる30分に及ぶクライマックスの13人対53騎の殺陣シーンを読んでいると、その場にいるかのような臨場感が伝わってくる。

13人の刺客ばかりでなく、斉宜の家来である鬼頭半兵衛の胸のうちまで人物描写が非常にうまい。
特筆すべきは、斉宜に息子夫婦を殺された牧野靭負である。
牧野の死に様を知るだけでも本書は読む価値がある。
個人的にはこの人物を見るために映画館に足を運ぼうと考えている。

 
 
十三人の刺客・表紙画像
十三人の刺客

谺雄一郎:著
小学館
1,575円
(5%税込)

 最後にご紹介するのは、荒山徹『竹島御免状』。

時は第5代将軍綱吉の御代。 隠岐諸島の北西方に浮かぶ竹島とその漁業権を巡り、日本と朝鮮が争った竹島事件から4年後の元禄6年、竹島を巡り奇怪な陰謀を巡らす朝鮮妖術師の一団に、91歳の柳生十兵衛が、孫娘の婿である陰陽師の柳生友信と共にはるばる鳥取まで出向いて戦うことに…。

荒山徹のファンであれば「朝鮮妖術師vs柳生一族」という構図に待ってました! と快哉の声を上げるだろう。
また本書は山田風太郎作品へのオマージュとなっているので風太郎ファンには絶対におすすめしたい。
初めて荒山徹を読む方は、あまりのハチャメチャぶりに度肝を抜かれるかもしれないが、一度はまってしまったら他の荒山作品にも手が伸びることうけあい。

妖術もあればチャンバラもあるのはいつものことだが、今回はなんと大怪獣バトルまで繰り広げられる。 はたまた水戸のご老公まで登場したりとサービス精神旺盛なこの時代伝奇小説。
けっして鹿爪らしく読むのではなく、大法螺吹きの叔父さんの作り話をせがむ子どものような気持ちで読むべし。

 
 
竹島御免状・表紙画像
竹島御免状


荒山徹:著
角川書店
1,995円
(5%税込)
 

文・読書推進委員 加藤泉

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