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第10回 2006年9月21日

●執筆者紹介●


加藤泉
有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

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 背中を押してくれる"あの頃小説" リターンズ
 

トモ、ぼくは元気です ・表紙画像

トモ、ぼくは元気です

香坂直:著
講談社・1,365円



一瞬の風になれ 第1部 イチニツイテ・表紙画像

一瞬の風になれ
第1部(イチニツイテ)


佐藤多佳子:著
講談社・1,470円



ボトルネック・表紙画像

ボトルネック

米澤穂信:著
新潮社・1,470円
価格はすべて税込です。



文中でご紹介した
書籍のご案内

バッテリー

教育画劇 全6巻
(123456)

角川文庫 [続刊]
(12345)

DIVE

講談社 全4巻
(1234)

角川文庫 全2巻
()

夜のピクニック

新潮社
単行本
文庫

早いもので、この「本の泉」も連載10回目。
第1回のテーマが「背中を押してくれる"あの頃小説"」だったことを覚えておいでだろうか?
今回はもう一度初心に返る意味もこめて、最近おすすめの"あの頃小説"をご紹介しようと思う。


 
まず初めに、香坂直『トモ、ぼくは元気です』。
この本は、できれば小学6年生の夏休みに読みたかった!


主人公は、障がい児の兄を持つ小学6年生の和樹。
兄の面倒を見ることに疲れた和樹は家庭で問題を起こし、夏休みいっぱいを大阪の祖父母の家で過ごすことになる。
そこはコテコテの下町商店街。
その商店街で催される、「伝統の一戦」なる隣町商店街との金魚すくい対決に、和樹は出場することになる…。

底抜けに明るく善意のある人々に囲まれて、しだいに成長していく和樹の姿が本当にすがすがしいが、障がい児のきょうだいがいる少年少女の鬱憤や悩みも、本書からはとてもよく伝わってくる。
障がい者は人々に優しい気持ちを思い出させるために神様が用意した存在と、以前何かの本で読んだことがあるが、それに倣えば、人々に優しい気持ちを思い出させるためにこの本は書かれたのかもしれない。

著者は昨年『走れ、セナ!』でデビューし、本書がデビュー2作目となる。
これからもずっと読み続けていきたい作家がまた登場した。


 次に、佐藤多佳子『一瞬の風になれ 第1部 (イチニツイテ)』。
本書は3巻もので、1ヶ月に1巻ずつ刊行され、3ヶ月で完結する予定になっている。
本当は最終巻を読んでからご紹介するべきなのだろうが、それまで待ちきれないので今回ご紹介してしまおう。
『バッテリー※』(あさのあつこ 著)や『DIVE※』(森絵都 著)に連なる青春スポーツ小説の名作になること間違いなし!


春野代高校に入学した主人公の新二は、中学までやっていたサッカーを止めて、幼馴染の連と一緒に陸上部に入ることにする。
天才的なMFの兄と比べられることにうんざりしたからだ。
結局、陸上部でも天才スプリンターともてはやされる連との実力の差を思い知らされるのだが、新二は次第に陸上の魅力にとりつかれていく。

本書の読みどころは、何と言ってもリレーの場面。

「可能性がゼロに近くても、走る前にダメと言っちゃいけない。 言いたくない。 俺一人のレースならいいけど、あと、三人走るんだ。 そいつらの可能性まで俺が否定できない。」
「バトンを手にすると、命がけの使命を下されたような気がした。 これまでの人生で一番大事なものを持ったような気持ち。」
「自分の力がすべてのフラットレースは、その厳しさや潔さがいけど、やっぱり俺はリレーが好きだ。 バトンをつないで走るスピード感と連帯感は、すげえ快感だ。」

こういった部分を読んでいると、う〜ん、青春っていいねぇ!と思わず身悶えてしまう。
短距離と少し違うかもしれないが、毎年、箱根駅伝で繰り広げられる襷をめぐるドラマに正月から熱い涙を流しておられる方々にとっては、たまらない小説かもしれない。

ちなみに、神奈川県が舞台の小説なので、お客様には是非、県下の有隣堂でご購入いただきたいところ。


 最後に、米澤穂信『ボトルネック』。
2年前に亡くなった恋人を弔うため、東尋坊を訪れていた主人公のリョウは、断崖絶壁の上で突然意識を失う。
目覚めると、そこは自分が存在しない世界。
リョウの両親は子供を2人作る予定で、リョウを生む前に2人目を妊娠していたのだが流産してしまった。
その2人目が生まれていた世界にリョウはワープしてしまったのだ。
しかも、自分が生まれている世界よりも、はるかに家族は仲がよく何もかもがうまくいっているように見える。
そこで当然リョウはこう思うようになる。 "自分は生まれてこなければよかったのだ"、と。

SFものは苦手という方も多いかもしれないが、そういった設定を忘れてしまうほど、主人公の心情にのめりこめる1冊。
タイトルの「ボトルネック」とは、システム全体の効率を上げる場合の妨げとなる部分のことで、自分の存在をボトルネックとして認識する主人公の胸の内を思うと痛くてたまらない。

本書は、全体的に暗く、最初から最後まで低いトーンで、ラストの一文を読んでも複雑な読後感ばかりが残る。
率直に言えば、本を読んで前向きな気持ちになりたい方にはお勧めできない本であり、今回の「背中を押してくれる"あの頃小説"」というテーマにも厳密に言えば当てはまらない。
だが、たとえば『夜のピクニック※』を読んで、「オレの(私の)青春はこんなにキラキラしていなかった…」とうなだれている方には、この上ない慰めの書となるかもしれない。


文・読書推進委員 加藤泉
構成・宣伝課 矢島真理子

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