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平成11年8月10日 第381号 P5 |
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目次 | |
P1 P2 P3 | ○座談会 占領下の横浜 (1) (2) (3) |
P4 | ○ちょっと変わったトンボたち 刈部治記 |
P5 | ○人と作品 島村匠と『芳年冥府彷徨』 藤田昌司 |
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人と作品 |
絵師・月岡芳年の殺気に憑かれた執念の世界を描く 島村匠と『芳年冥府彷徨』 |
本年度の松本清張賞受賞作 島村匠氏の『芳年冥府彷徨』(文藝春秋)は、今回から長編を対象とすること に切り替わった松本清張賞の、本年度受賞作品である。 上野における彰義隊と官軍の戦いに取材した残酷極まりない錦絵「魁題百撰相」などで知られる絵師 ・月岡芳年の、殺気に憑かれた執念の世界を描いてサスペンスに満ちている。「最初、僕は純文学を書いていたのですが、三十代になってから、 時代小説などのエンターテーメントを書き出したんです。そのころ、大学の後輩に、 浮世絵は興味ないかと聞かれ、頭にそれが残っていたところへ、芳年の絵を見る機会があって、 経歴も知り、ああ、これなら小説になる、と思ったのが動機ですね。 その後、丸尾末広という漫画家が、パロディみたいな形で、 どぎつい『魁題百撰相』や『英名二十八衆句』を取り上げているのを見て、 その絵が自分の好みであることも、ハッキリ知りました」
芳年の絵は残酷絵といわれているが、この小説では、 たまたま上野・不忍池の近くで二人の武士の殺し合いを目撃したことから、 殺気の執念に取り憑かれたという設定だ。無精髭の男と黒頭巾の男。双方とも浪人風だ。 何度か切り結んだ。勝負あった、と芳年は思った。 〈無精髭の男が息を整えるのを、黒頭巾はじっと待っている。 相手に負けを認めさせて勝負を切り上げるつもりはないのだろう。 まさしくこれからじっくりと仕上げにかかる前の余裕を見せていた。 芳年は、その姿にぞくりとするほどの殺気を感じ取った。……〉 横浜が開港して十年。さまざまな西洋の文物が流れ込んできた中で、 芳年に大きな衝撃を与えていたのは写真だった。いくら絵師の筆が勝っていても写真にはかなわない。 しかし芳年は一つだけ、絵のほうが勝っているものを見つけた。それは「心」であった。 そして「殺気」こそが自分の求めている「心」であった。 芳年はその時から、どうしても黒頭巾の男にもう一度会って、 その殺気を絵にしたいと考え続けるようになる。不忍池の果たし合いの現場の血のりの中に、 将棋の香車の駒をかたどった飾りのついた簪が落ちていた。 どちらかの武士が落として行ったものに相意ない。 とすれば吉原の遊女をめぐる恋の鞘あての末の果たし合いだったのか。 当時、吉原では官軍と彰義隊が遊女をはさんで争っている場面がよく見られたのだ。 芳年はさっそく簪を持って吉原へ行き、なじみの遊女に当たってみる。 だが、そのことから事態は意外な方向へ発展し、芳年は一命を狙われる危機に迫られる。 香車の駒の飾りのついた簪には仕掛けがしてあり、その中に秘密の文書が隠されていたのだ。 「例の一件に就き場所の内偵は如何判明せし事逐一御説明頂き度く候 五月朔日子の刻愛宕天 徳寺本堂にて待つ」 芳年は天徳寺へ出かけて行く……。 |
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残酷絵がはやった社会的背景も視野に入れて描く 作者は当時、残酷絵がはやった社会的背景も視野に入れて描いている。「錦絵は今でいえばマスメディアだったんです。江戸市中では官軍と彰義隊が毎日のように争っていて、 その様子の伝達手段が錦絵だったわけです。それに今でも死体写真などはよく売れます。 残酷絵はそれと同じ意味の、メメントモリの一語に尽きる」 やがて芳年は、黒頭巾の男が彰義隊の武士であることを突き止め、一触即発の上野の山へ訪ねて行き、 戦闘に遭遇する。だが執念の芳年はひるまない。戦闘が終わって死屍累々の上野の山を歩き回り、 凄惨な死体を一つ一つ描き続けるのだ。 〈上野における戦いをもとにしたといわれる錦絵「魁題百撰相」が芳年の手によって描かれ始め、 出版されていくのは、戦いが終った直後からである。〉 芳年はこの後、新聞記事の殺人事件や猟奇事件を錦絵にするが、その異常体験が重なったせいか、 神経症を発病し、五十四歳で没する。虚構をからませながら、執念の絵師、 月岡芳年の人生が的確に語られており、その後日譚にも関心が向かう作品だ。 島村匠氏は一九六一年、横浜生まれ。翠嵐高校を経て横浜国立大学教育学部卒。 神奈川県内の女子中・高校教師として勤務後、一時、歯科医向け雑誌の編集に従事したが、 現在は同県内の私立高校の非常勤講師。中学時代から文芸部に入って小説を書き、 大学の卒論は梶井基次郎論。「文芸横浜」「えん」などの同人にも加わったこともある。 絵も水彩、油彩などを地元の画家・兵藤和男氏について十年ほど学んだ。楽しみな新人の誕生といえよう。(藤田昌司) 1,400円(5%税込)。 (藤田昌司)
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