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平成11年9月10日 第382号 P1 |
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目次 | |
P1 P2 P3 | ○座談会 箱根温泉と湯治 (1) (2) (3) |
P4 | ○現代ガラス 武田厚 |
P5 | ○人と作品 小林恭二と『父』 藤田昌司 |
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座談会 箱根温泉と湯治 (1)
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はじめに |
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編集部 |
本日は、箱根の恵まれた自然条件や、湯治客を集めて繁栄した温泉郷の歴史、湯治の実態などを紹介いただきたいと思います。さらに、最近は人々のレジャーに対する考え方の変化や経済不況で、老舗旅館の不振も伝えられていますので、箱根の将来像についてもお話しいただければと思います。 |
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ご出席いただきました岩崎宗純先生は、箱根町湯本の古刹・正眼寺のご住職で、現在、小田原市史専門委員でいらっしゃいます。箱根の中世から近世に至る歴史や文化について詳しく、『箱根七湯』『中世の箱根山』『箱根温泉史』などの著書がございます。
大木靖衛先生は、神奈川県温泉地学研究所長を退職された後、昨年まで新潟大学積雪地域災害研究センターに務めておられました。応用地学が専門で、温泉地学研究所では長年、箱根火山の温泉研究、地震災害研究に取り組まれ、箱根温泉の成因モデルなどをつくられたほか、芦ノ湖の逆さ杉が地震によることなどを明らかにされました。
中村昭先生は、厚木市にある神奈川県七沢リハビリテーション病院脳血管センター病院長でいらっしゃいます。物理療法内科が専門で、日本温泉気候物理医学会理事としてもご活躍です。我が国には数少ない温泉療法の認定医で、著書『温泉百話』では、文人が愛した温泉や、ヨーロッパの温泉療法なども紹介されています。 |
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編集部 | まず箱根火山と温泉の成因について大木先生お願いします。 |
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大木 | 箱根火山は、明星ケ岳、明神ケ岳、金時山、箱根峠、大観山などからなる古期外輪山と碓氷峠、浅間山、鷹ノ巣山、屏風山などからなる新期外輪山、それから神山、駒ケ岳、二子山などの中央火口丘で構成された三重式火山です。火山の頂上部にある鍋状のへこみを「カルデラ」とスペイン語でいいますが、そのカルデラが山の頂上に古いのと新しいのと二重にあり、その中に八個の中央火口丘があります。
これは東京大学の久野久先生が昭和二十五年にまとめられたものです。先生は、箱根山をスケッチしていて、古い山は谷が深く、新しい山は、遠くから見ると富士山のように表面がのっぺりした地形に見える。そして、その中間の形をした山があることに気づいた。古い山を古期外輪山、中間的な山を新期外輪山、その中の若い火山を中央火口丘と整理すると、地形がうまく説明できるということで、三重式火山を提案されました。現在は研究も進み、箱根火山生い立ちの久野モデルは見直しされているようです。 |
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箱根火山は50万年前に噴火活動を始める
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編集部 | そういった箱根火山は、どのようにしてできたんでしょうか。 |
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大木 | 日本列島はユーラシアプレート・北米プレートの上にあり、その下に、相模トラフ・駿河トラフからフィリピン海プレートが沈み込み、さらにそれらの下に、日本海溝・伊豆小笠原海溝から太平洋プレートが沈み込んでいます。太平洋プレートが百~百五十キロの深さまで沈み込んだところでマグマが発生し、それがフィリピン海プレートを貫いて噴火したのが箱根火山です。
箱根火山は約五十万年前に噴火活動を始めて、現在の噴火は約三千年前に神山爆裂火口内に噴出した冠ケ岳溶岩尖塔の形成で終わっています。大涌谷、早雲山、湯ノ花沢などで今も噴気活動が続いており、時々、強い火山性群発地震も発生し、活火山であることを忘れてはなりません。 箱根温泉は、火山性の温泉の代表的なものです。火山性温泉というのは、マグマから出てきた熱水がもとになっている温泉のことです。 今から六十数年前ころから火山性の蒸気を利用した地熱発電がおこなわれるようになり、深さ数百メートルの掘削をして、二百度前後の火山性蒸気を噴出させ、発電機を回しています。 そして、水の臨界温度三百七十四度で、二百二十気圧という高温高圧の水蒸気の中に食塩がガスになって二%ほど移動することが、実験的に明らかにされていました。この実験に注目したアメリカの地質学者ホワイトが、高温の火山性熱水の成分を調べて、温泉の主成分は食塩であることを指摘しました。 深さ十キロくらいの所にあるマグマから分離した高圧水蒸気中には、ガス状になった食塩が二%ほど含まれている可能性が大きいのです。このような高温高圧の火山性水蒸気が火山性の食塩泉の起源になっているのだと思います。 |
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箱根の温泉のもとは噴気地帯の地下の食塩を含んだガス
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大木 | ホワイト説が注目されたころ、私は温泉地学研究所に職を得て、箱根火山の温泉を調べ始めました。 水質分類は塩素イオン、硫酸イオン、重炭酸イオンの三つの陰イオンが基本になっておこなわれていますが、これらの陰イオンを中心にして箱根の泉質を分類しました。それがどのように分布しているのかを調べたのが泉質分帯図です。これをやってみたところ箱根の火山性温泉の成因があっという間に解けました。 一番もとになるのは、噴気地帯の真ん中の地下十キロぐらいの所に、高温高圧の水蒸気、つまり食塩がガス状になった熱流体があり、それが上がってきて、カルデラの底の下にたまっている地下水の中に噴き込み、深さ三、四百メートルのところに食塩を主成分にした高温の熱水が生まれているのです。 噴気地帯の直下数百メートルの所では、なお温度が高いので食塩を含む熱水(温泉)は沸騰していて、揮発性の火山ガスである硫化水素や炭酸ガスが水蒸気相に集まり、地表に向かって移動し、火口の噴気地帯を形成します。 地下数百メートルでは数十気圧の蒸気圧ですから、食塩はガス相に移動できず、熱水中に残された食塩泉として流動しています。地表の噴気地帯では、硫化水素が酸化してできる硫酸が多い酸性泉が出ています。こういうことが箱根で初めてわかりました。 簡単にいうと、いろいろな泉質の間に血縁関係があるわけです。母なる温泉は食塩を含んだ高温の火山性蒸気で、その子どもとか孫は、空気で酸化されたり、炭酸物質が逃げ出したり、周りの岩石や地下水と混じりあってできたもので、いろいろな泉質になっています。箱根では十七種類の温泉がありますが、今の見方で考えると、四つの泉質タイプに大別できます。 |
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箱根では富士山の見えるところに温泉はない
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編集部 | 箱根温泉の一番のもとになる食塩泉が出るのが第Ⅲ帯ですか。 |