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有鄰


平成12年3月10日  第388号  P2

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 現代の人と住まい (1) (2) (3)
P4 ○桜花と陰陽五行  吉野裕子
P5 ○人と作品  森下典子と『デジデリオ』        藤田昌司

 座談会

現代の人と住まい (2)


田辺 戦後の高度成長期の住宅は、何かプラスチック文化のような気がするんです。通産省に住宅産業課がありますが、当初はたしか化学工業部門にあった。多分、偉い人が、化学産業、なかでも石油製品の今後のために、ぜひ住宅をと……。

そういう流れの中で、画一的なものが出てきた。システムキッチンも電化製品も、誰でも安くてきれいなものが手に入るので材料を忘れる。これはこれで大きな意味はあったと思う。こういう時代が三十年ぐらい続いて、経済が下向きになって、最近、材料とか地元とかを求め出した。

DIY(do it yourself)がはやるのも、そんなことが関係していると思いますね。何か郷愁があるでしょう。だから、「タンポポ・ハウス」の話とか、藤森先生の本を拝見すると、何かそういう復権が感じられる。

藤森 僕は、純農村で育った。うちも一応農業はやっていて、その手伝いをして育った。それで家庭を持って都会で暮らすようになって、家の運営に男は無用だと、つくづく思いました。僕が子供のときにやるべき家事は、まき割り、風呂たき、植木を切る、糞便を運ぶ。これは全部男性の仕事。男は単に威張っていたのではなく、家を維持するためにちゃんと働いていた。でも都会に来ると全部ない。

そこでますます男は家のことに関心が持てなくなる。昔は家のメンテナンスはいっぱいあって、男の仕事だった。今の家はメンテナンスが必要ないように思われてますが、それは誤解で、メンテナンスをしなくていい建築なんてない。メンテナンスはやはり男がやるのがふさわしい。

藤森さんがつくっている家は、メンテナンスがわざわざかかるようにつくっているんじゃないですか(笑)。屋根のタンポポだって、生やしておくのはすごく大変ですよね。


既製の家がたくさんある異常な国

編集部 今まで家は、大工さんに頼んで建てていたのが、現在は既製の家を買う方向になっていますね。

藤森 自分で家を東京に建てようと思ったとき、僕が普通の人なら、買うと思った。ものすごくリスキーな投資ですからね。田舎なら、長い付き合いのなかで大工さんの質が全部わかっていたけど、今の東京の人が建築家や大工さんに地縁をとおして出会えるかといったら、絶望的ですよ。

僕が最初にセキスイハイムで家をつくったとき、普通の素人の気持ちになってみた。すると、建築家の所に行って「お願いします」と言うのはすごく不安ですね。(笑)

例えば、住宅雑誌に建築家たちが書いていることは難しくて、当面自分が求めていることと関係ない。となると、服や自動車を買うのと同じように、でき合いを買おうというのは、都市なら当然だと思った。レディーメイドの住宅がたくさんあるというのは世界でも異常な国です。

田辺 最近のアンケート調査では、高額所得者ほどプレハブというか、工業化住宅を買いたがる。安いから買うというイメージじゃなくて。

藤森 もとは安いからって売り出した。

田辺 今は、大体在来工法より数割高いですからね。

建築の設計は人間が人間に対してサービスする。これは限りがない。場合によっては、クライアントは「雨が漏った。死んでわびろ」みたいなことまで言う。そのぐらい人間と人間がじかに接するサービスは危険です。

にもかかわらず、どうしてヨーロッパなどで建築家が成立しているかというと、基本的に階級的な社会があって、階級が建築家の信頼を保証している。このクラスの人に頼めば、お互いにまずいことはしないという階級制度に守られて、人間と人間のサービスが成立しているわけです。

 

  値段に比べて安易過ぎる住宅の購入

藤森 僕が建築界の人間として言えば、住宅は準備が大変過ぎる。例えば、ちょっとしたプレハブだと三、四千万円する。車の十倍以上です。車を買うときに、いろいろ見歩いて、恐らく最低三、四日は使う。そうすると、住宅を買うためだけに、比率からいえば、少なくとも三十日間を費やさなくてはいけない。車はいやなら、買い替えることができるけど、ふつうは住宅は一生です。極端に言うと、少なくとも正味三か月ぐらいは、いろんな勉強をしなきゃいけない。
セキスイハイムの藤森氏宅
セキスイハイムの藤森氏宅


要するに選択基準を値段ほどちゃんと考えていない。例えば、自分は機能性よりも美しさが欲しいという人は、本当はいっぱいいるんです。

村上徹さんという建築家が広島でやっておられます。田舎の町の中に忽然とすごいモダニズムの住宅がある。そこには一切モノがない。僕は、どうやって住んでいるんですか、と聞いたら、その人は、そういう空間に住みたいと思って村上さんにお願いして、モノは地下室に全部入れている。それを維持することが喜びなんだって。奥さんも、とにかくモノは見えない所にあって、きれいにして。そういう人もいる。そうでない人もいる。逆に、ぐちゃぐちゃ散らかっていたほうが空間が生きてくるようなデザイナーもいる。

現代の日本の発注者は、値段に比べて安易過ぎる。だから、ほかの商品を買うようには買っていない。

 

  どこに頼むかでできが違う工業化住宅

編集部 大工さんに頼むよりも、全部既製のパターンを選ぶ時代に来ているということでしょうか。

大工さんもヘボをした人は後で仕事が来なくなるという関係があった。そういう共同体的な安全装置があったから大工さんが成立したわけです。それがない所では、一度きりで切れる商品的な関係でしか成立しない。

田辺 実際には工業化住宅は、工業化住宅屋がつくっているわけではなくて、下請け産業なのです。大工さんのほうも仕事が来なくなるのが怖いから、恒常的に仕事をもらえるような仕組みの下請けになる。そんなわけで、大手住宅メーカーで建てても、地場のどこに頼むかで違ってきます。プラモデルのキットは一緒だけど、プラモデルのできが違うのと全く同じ状態ですね。

藤森 のりがはみ出したりしているとか。(笑)


植物を建築に取り込んだ「タンポポ・ハウス」

編集部 そういう状況の中で「タンポポ・ハウス」は一つの画期的なことではないかと思いますが。

藤森 私は今も昔も建築家ではないので、ただ、自分の住宅をどうするかということで…。セキスイハイムに住んでいて、これはただの箱ですが、結構気に入っていた。家内が一番気に入っていて、子供を育てるようなときにはすごくいい。何にもないから、壊れるようなところがない。汚しても、何してもいい。コンテナみたいなものですからね。

僕もデザインがないことがすごく気に入っていた。だから、いっそ全く表現のないものを買うか、自分でやるしかないという感じはあった。たまたま子供が大きくなって、個室をふやす必要から建てかえることになった。その前に建築家の内田祥士氏と神長官守矢資料館の設計をやっていたから、彼とやれば大体うまくいくことはわかっていた。

それともう一つ、神長官守矢資料館の設計をやって、すごく面白かったから、焼けぼっくいに火がつくような感じで、注文もないから、自宅でもやろうというので始めたんです。理論的に始めたわけじゃなくて、自分のやりたいことをできるだけ忠実にやるということでしたね。

自然と人工物の関係について、子供のときから興味があって、いろいろなもので見ていた。それで自然素材の問題を神長官守矢資料館でやったんです。さらに、自然物を取り込むことを自宅でやった。ただ、その段階ではセルフビルトは考えていなかったですね。だから、神長官守矢資料館ではほとんどしていない。
制作中の主室の飾り棚
藤森氏が制作中の主室の飾り棚


「タンポポ・ハウス」でセルフビルトをやらざるを得なかったのは幾つかあるんですが、飾り棚をつくろうと思った。大工さんに棚をつくってほしいと言ったら、「先生の好きな棚はつくれない。先生のは精度が低いことを求めていて、我々にはできない。そのかわりに、手斧(ちょうな)で削った材料がいっぱいあるから、これを使ってやれ」と言われた。それでやったのが最初です。

自宅につづく赤瀬川原平さんの家のときに、はじめて三十人ぐらいの素人の縄文建築団というのが結成された。それ以前の我が家のときは縄文人は一人なんです(笑)。しようもなしにやったわけで、棚をつくるとか、田舎のクリの木やキリの木を切って供給することが専らで、自分で施工することは基本的には考えていなかった。

 

  緑化は、自然との共生ではなく寄生させること

編集部 緑化ということについては、念頭になかったんですか。

藤森 緑化の理念そのものは自分の設計以前から考えていたんですが、共生というのがすごくいやだった。共生というのは、明らかに異質で対立関係にあるものを、すごくあいまいにした。僕は共生ではなく、寄生というのが正しいとずうっと思っていたんです。

寄生というのは宿主という寄生されている側が基本です。宿主は、寄生するものに対して、ある範囲で自由にさせないといけない。それを暴れさせたら自分のところが滅びる。それがルールなんです。寄生している側から言うと、ある範囲でそこにいるわけで、保護されている。

僕は、それは以前からいろいろ気づいていたんですが、人工物中心の都市では、あくまでも中心は人工物で、その人工物をつくっている側、建築が基本なんです。だから建築が見苦しくなるような植物のやり方をしてはいけない。屋上からバーッと生やしてみたりとか。

ドイツに行くとすごいですね。そこまで君たちは建築がきらいかと思うような。屋根をつくると、もう植物がガンガン生えて、建築なんかどこにあるかわからない。それはおかしい。

だから、植物を取り込むときは、あくまで建築を美しく、というのが条件です。

 

  建築界には緑を持ち込む参考例がなかった

藤森 それで、自宅ではタンポポを建築に寄生させようと思ったけど、なかなか難しい。もう一つ思ったのは、建築界でその問題を考えた実績がないから、参考例がない。失敗例は屋上庭園。あれは共生を考えたけど、うまくいっていない。屋上庭園が立派になると、建築が変になるし、屋上庭園に人は行かないし。あれにかわる方法は何かないかと。都市の中に緑を持ち込むことは絶対必要なので、その持ち込み方ですね。

エコロジーの人は美をすごく軽いものと思っている。でも美しいということは、いろんな問題が、ある調和をなしているということで、それは社会的なこと、美的なこと、技術的なことも、製作的なことも含まれている。人間の表情だと思えばいい。その人の置かれている社会的な問題などが全部顔に出る。顔に出ないような内容はちゃんとしたものじゃない。

だから、人の顔を見ると、その人の経歴とかがわかるのと同じように、建築物というのもわかる。そういうふうに考えると、美しいということは大事なことなんです。それがどこかで変になった。

 

  昭和の初めまで屋根に草花を植えた「芝棟」があった

編集部 最初に、藤森先生の『タンポポ・ハウス』のお話をうかがった時、大佛次郎のエッセー「屋根の花」にでてくる横浜市の戸塚から保土ヶ谷付近の民家の屋根に、ユリやイチハツの花が植えられて咲いていた風景をイメージしたのですが……。

藤森 たしかに江戸時代には日本全国で、屋根に草花を植えた「芝棟(しばむね)」といわれる民家が多く見られた。ベアトの幕末の写真にはたくさん写っています。これは縄文時代、住宅の屋根に茅を葺き、防寒のために、その上に土を盛って植物を植えていたのがずっと伝わってきたんだと思います。「タンポポ・ハウス」をつくるときにはそれほど意識していませんでしたが、出来上がってから思いましたね。

芝棟は、ヨーロッパではマリー・アントワネットのヴェルサイユの家の屋根にありますし、水戸黄門(徳川光圀)の西山荘にも見られます。日本ではほとんどなくなってしまいましたが、フランスの農村部では、今でも芝棟がたくさん残っています。

編集部 大佛次郎のエッセーでは、昭和の初めごろから見られなくなったと……。

藤森 私の田舎の長野で調べたら、現在ではたった二軒で、とても残念ですね。

 

  「タンポポ・ハウス」はファッションも理念も超えた世界観

編集部 隈先生に「タンポポ・ハウス」の試みが歴史的な転換点に立っていると伺いましたが、いかがですか。

僕が感じたのは、藤森さんのように建築の歴史をいろいろ見てくると、その時代の建築を正当化するロジックが非常に相対的であることを骨の髄までわかっていると思うんです。

その時代時代で建築を正当化する理屈は必ずあるわけです。例えば今の時代なら、それは環境かもしれず、草を植えればそれですべてが正当化されるかもしれない。でもそれは時代が変われば、ガラッと変わった別の理念が出てきて、それがまた建築を正当化する。そういうのがまさに今言った、共生の思想への不信感みたいなものになっているんじゃないか。

それじゃ、時代や理念の変遷を超えて長続きする建築の価値は何かと言ったとき、それに対する回答を、藤森さんは、今、美という言葉であらわされた。でも普通の人は、藤森さんの建物に関しては美というふうに感じないと思うけど。(笑)

だから、逆に藤森さんの建物にはファッションも理念も超えた、もっと力強い世界観みたいなものがあると思う。それは男の理屈、侍の理屈かもしれない。

 

  価値観が変わっても普遍的に残るもの

編集部 田辺先生は「タンポポ・ハウス」についてはいかがでしょうか。

田辺 美に関しては、ちょうど二十年ぐらい前のオイル・ショック前後にソーラーハウスがはやった。あのときはエネルギーとして一番いいというのだったが、やはり形がよくなかった。一方の人はものすごくヴァナキュラーに走って、草ボウボウになってしまった。

それを考えると「タンポポ・ハウス」は非常にうまくとらえておられる。材料の問題とか、環境の問題とかは感じられますね。そのときの流行に走っていないから、逆に美しいと思う人もいるし、際物だと思う人もいる。そういった歴史の移り変わりをよくつかんでおられる。

僕は三年ぐらい前に藤森先生にお会いしたんですが、最近、僕もつくりたくてしようがないんです。最後はやはりそこですね。価値観が変わっても普遍的に残るものとか、長く残ったときにどう評価されるか。



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