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平成12年5月10日 第390号 P1 |
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目次 | |
P1 | ○「カラス」 高橋千劒破 |
P2 P3 P4 | ○座談会 岡倉天心と近代の日本美術 (1) (2) (3) |
P5 | ○人と作品 押川國秋と『十手人』 藤田昌司 |
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都市にくらす鳥 「カラス」 |
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道具を使って餌をとり、貯蔵することも
それらのことをカラスはすべてやってのける。鳥類の中で、カラスは最も知能が高い。 先日、NHKテレビ「生き物地球紀行」で、道具を使うニューカレドニアのカラスが放映された。 その知能の高さに驚いた人も多かったであろう。ニューカレドニアのカラスは、倒木の幹の深い穴の中に棲む カミキリムシの幼虫を細い木の枝を使って釣り上げて食べるのである。倒れた朽ち木を見つけるとカラスは、 中にカミキリムシの幼虫が潜んでいないか、穴を探して回る。幼虫を確認すると、木の枝をクチバシで加工 して適当な長さの釣り竿をつくる。その竿を穴に差し込み、中の幼虫の頭部を軽く何回も小突く。 すると幼虫は怒って竿の先に噛みつく。そこをカラスはすかさず釣り上げるのだ。何とも大した知恵ではないか。 日本のカラスも負けてはいない。胡桃(くるみ)や貝を割るのに自動車を利用する。何度かテレビでも 報道されたので記憶されている方も多いと思うが、カラスは、あの堅い胡桃をくわえてきて車道に置き、近くで 車がそれを轢(ひ)くのを待つのである。何度か車が通過して轢かないと胡桃の位置を轍(わだち)の場所 に変える。 伊豆のオレンジ農園を訪ねたときのことだ。ここでは様々な柑橘類を育てているが、その丘のあちこちに 小鳥の羽や足などが散乱していた。聞くとカラスの仕業という。ここのカラスは巧妙なワナを仕掛けて ヒヨドリなどを難なく捕まえて食べてしまう。どうするかというと、小鳥たちにとって大好物だが、皮が硬くて なかなか歯が立ちにくい高級オレンジを利用する。カラスはそのオレンジが熟したころ小鳥が食べやすいように 穴をあける。あとは近くの枝でこっそり待つだけだ。 カラスは、食料の貯蔵もする。カラスの好物を何種類か置き、貯蔵場所を突きとめて、果して餌を隠した 同じ個体が後日それをちゃんと食べるのかを観察した記録がある。それによれば、同じカラスが自分で貯蔵 した食料を食べる例が多いことが判っている。それだけではない。腐りやすい生物(なまもの)はその日のうちに食べ、 多少もつものは二、三日のうちに、長もちする胡桃などは長く蓄えておくのだという。 物真似をしたり電線にぶらさがって遊ぶカラス カラスは物真似もする。オウムや九官鳥、モズなどが物真似上手なのはよく知られているが、カラスも なかなか真似が達者なのだ。筆者の家の近く、浦和市郊外の見沼田圃を見下ろす高台の墓地で、女性の名を 呼びながら、しきりにすすり泣く老人の声を聞いたことがある。あたりに人影はなく、気味の悪い声だけが 墓地に響く。よく見ると声の主は一羽のカラスであった。樹上でカッコウが鳴いていると思ったら、カラスが 鳴き真似していたこともあった。 何のために真似るのか。遊んでいるとしか思えない。遊びができるのは高等動物に限られている。 地球上の生き物の多くは、食べることと子孫を残すための行為の繰り返しで一生を終える。だがカラスは 遊ぶのである。電線にぶら下がり、グルリと一回転したりするのは、遊びの行為と思われる。光る物を拾ってきて 巣に溜めたりする。ヨーロッパには、カラスの巣からコインや宝石を探す話がある。 近年、日本では、線路の上に小石が並べられるという事件がしばしば起こり、過激派による列車妨害かと 騒がれたことがあった。隠しカメラを設置したところ、カラスの仕業であった。こうしたカラスの行為が どのような意味を持つのか、はっきりと解明されたわけではないが、遊びの可能性は少なくないのだ。 不吉な鳥、同時に予知能力をもつ「神の使い」 ところで、カラスの仲間は地球上におよそ百種類余りだが、日本で私たちが普通にカラスと認識している のはハシボソガラスとハシブトガラスの二種である。ハシブトの方がやや大きく、その名のごとくクチバシ が太い。ハシボソを烏、ハシブトは鴉と書き分けることもあるが、習性も行動もほとんど似通っており、 ふだん区別することはまれである。歴史的にみても、江戸時代に博物学が盛んになるまでは同じカラスで あった。 カラスは古代より、人間と関わりの深い鳥であった。洋の東西を問わず、カラスにまつわる民話、伝説、 ことわざ等は、無数といっていいほど多い。毀誉褒貶(きよほうへん)あい半ばし、不吉な鳥として忌み嫌われる半面、 予知能力を持つ賢い鳥で、神の使いであると考えられたりもした。 中国の神話ではカラスは太陽にすむ火の精 中国の神話では、カラスは太陽にすむ火の精である。神樹・扶桑に宿る十の太陽は、カラスの背に乗って 順番に大空を巡回する。そのカラスは三本足であるという。 日本の『古事記』『日本書紀』にも三本足のカラスが登場する。神武東征をたすけた八咫烏(やたがらす)である。 神武天皇は浪速(なにわ)から東方の大和を目指したが、生駒山で長髄彦(ながすねひこ)軍に敗れてしまう。神武は、太陽神である 天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫だ。日の神の子が日に向かって戦うことの非を悟った神武軍は、南方の熊野に迂回する。 だが、熊野山中の険路に阻まれ、一行は立往生した。このとき、天上の神の遣い八咫烏が空より翔(か)け下って 神武をたすけ、大和までの道案内をつとめたという。 咫というのは、中国周の時代の一寸に当たる単位で、八咫烏は『日本書紀』では頭八咫烏と表記され、 頭が八寸もある大きな鳥を意味する。また足は三本であったという。これは太陽神の使いであるからで、 「太陽には三本足のカラスがすむ」という中国の神話に基づくものであろう。 この八咫烏は、『山城国風土記』や『新撰姓氏録』『古語拾遺』などによれば、じつは加茂(かも)(鴨)県主(あがたぬし)の 祖加茂建角身(かもたけつのみ)の化身であったという。加茂氏(鴨氏、賀茂氏とも)は古代の豪族で、いくつかの系統がある が、山城国葛野(かどの)の鴨氏が八咫烏の子孫であるという。この鴨氏は主水司(もいとりのつかさ)に属する主水部であったとされる。 主水とは朝廷の飲料水を司った伴部(とものべ)のことで、鴨氏は清浄な水を大和朝廷に貢進する役割を担っていた。 ところで、カモは日本の代表的な水鳥であり、水の司にふさわしい。だが、カラスがどうしてカモになった のであろうか・・。
いまは見られなくなったが正月にカラスを呼び寄せ、餅や団子などを与え、その食べかたで吉凶や豊・不作を 占う「烏勧請」(からすかんじょう)も各地で行われていた。熊野大社だけでなく、名古屋の熱田神宮や安芸の厳島神社など、 カラスを神使とする神社は少なくない。 情報を交換し秩序だった集団行動をする都市のカラス さて、現代のカラスに戻ろう。カラスは全国いたる所にいるが、都市鳥として定着したカラスも数多い。 東京ではおよそ七、八千羽が都心で生活しているという。ねぐらは明治神宮の杜や港区の自然教育園で、 早朝に銀座や新宿などの繁華街でゴミをあさって朝食をとり、日中は新宿御苑や日比谷公園などで遊ぶ。 彼らが単なる「烏合の衆」かというと、決してそんなことはない。どうやらきちんと情報を交換し合いながら、 一定の規律のもとに秩序だって集団行動しているらしいのだ。 カラスは、かなりの種類の音声を使い分けて、お互いにコミュニケーションをはかっているらしい。 アメリカの動物文学者シートンはカラスの言葉を音符にして『シートン動物記』の中に記した。日本のテレビ局が、 その音符をシンセサイザーの音に変え、カラスがどう反応するか実験してみたところ、「危険だ」の音には 逃げ、「気をつけろ」の音には警戒する様子を示すなど、見事に反応したという。 アメリカのカラスと日本のカラスが同じ「言葉」を使っているかどうかはさておき、近い将来、カラス語の 研究解明はかなり進みそうである。烏語翻訳機などができて、カラスと会話を交わせる日が来ないとも限らない。 銀座のカラスは、ビルの上で何を話しているのだろうか。 |
たかはし ちはや |
一九四三年東京生まれ。 |
歴史・文芸評論家。 |
著書 『歴史を動かした男たち』 中央公論新社(古代・中近世篇)800円(5%税込)、 (近世・近現代篇)860円(5%税込) ほか。 |