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平成13年11月10日 第408号 P3 |
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目次 | |
P1 P2 P3 | ○「ハリー・ポッター」人気の秘密 (1) (2) (3) |
P4 | ○J・S・エルドリッジ ヘンリー・タイナー |
P5 | ○人と作品 諸田 玲子と『笠 雲』 藤田昌司 |
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座談会 「ハリー・ポッター」人気の秘密 (3)
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藤田 | 子供がワクワク、ハラハラしながら読むのは何と言っても魔法の魅力でしょうね。ここに設定の面白さが出てきますね。
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松岡 | 講演会で「松岡さんは魔法があると信じていますか」と(笑)聞かれたんです。宇宙の秘密とかを解き明かそうとする研究の中で、どうしても解けない部分が出てくる。そこに何か人間の力を超えるものを感じることがあるので、科学者が結構、魔法というか超自然的なものを信じることがあるんですよ、というのがまず第一の答えです。と同時に、奇跡的なことが起こるとき、それを魔法と言いかえていいと思う。その意味では私の周りでこの二、三年間、魔法がたくさん起きているから
私は魔法を信じていると答えたんです。 魔法使いという伝統は西洋社会にありますが、日本でもたくさん魔法使いの児童書が出ているし、とにかく想像の世界、遊ぶにはもってこいの世界だと思うんです。それをこれまでにない魔法使いの世界として、つまり、魔法は学び取るものであると言って、薬草学や変身術の授業や試験があったりという、そういう不思議な新しい魔法使いの世界をつくり出したJ・K・ローリングの想像力に乾杯したいですね。 |
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魔法学校の教科書の売上の七〇%は英国の慈善団体に寄付
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藤田 | 魔法使いが箒に乗って空を飛ぶのは昔からありますが、箒に乗ってサッカーのようなことをやる。
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松岡 |
ホグワーツ校の教科書として、この他に『幻の動物とその生息地』が出ていますが、この二冊はイギリスのコミック・リリーフという慈善団体に売上の七○%を寄付をするという条件で翻訳権を取っています。イギリスでもアメリカでも売上の八○%を寄付しています。これらの寄付金はすべて世界の最貧国の子供たちのために使われるんです。 それで、この本だけは直販に近い形で、取次を通さずに書店さんと、または二十人以上集まってくれた方に直接売るという特殊な売り方をしています。本当はなかなか売れないはずですが、おかげさまで良く売れております。 |
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階級社会の中でそれぞれが懸命に何かをやっていく
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あわや | それからもう一つは、現代では、みんなが平等だみたいな話になりがちですが、ハリー・ポッターは階級社会が非常にはっきりとあるんですね。
例えばこの人はマグル(魔法の血が一滴も入っていない人間の意味)と魔法使いの間の子供だとか、この人は純粋マグルだとか、いろいろ階級がある。でも、そのいろんな立場の中でそれぞれの魔法使いが一生懸命になって何かをやっていく。生き生きとしているというのは、結局そこら辺じゃないかと思うんです。 |
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松岡 | 現実を映していますね。イギリスにはまだ階級社会がありますし。 魔法社会の名家の出身であるマルフォイはそれを鼻にかけているし、それから、中産階級の成り上がりのダーズリーの家族が自分の権威を誇示するところもあり、本当に人間的なものが誇張されています。 |
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イギリス的な上品なユーモアが散りばめられている
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藤田 | 至る所にユーモアが感じられますね。 |
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松岡 | 笑えますね。それから原書で読まれた方は、イギリス的な上品なユーモアがよく感じられると思うんです。普通のだじゃれではないユーモアが散りばめられているのがイギリス的だと思うし、J・K・ローリング自体もユーモアのセンスがある人です。話をしていても、好奇心が非常に旺盛で、頭の回転が速い人で、そのユーモアのセンスが本に出てくる。それが大人にとって読みごたえのある本になっている一つの秘密だと思います。
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あわや | 本を開くと、いきなりニヤッとしちゃうんですね。今までの名作と言われるいろいろなものが次々に思い出されるんです。どこをとっても面白い。二、三行読んだだけで、これは面白いなと思うのは、やはり著者の実力ですよね。
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松岡 | そうですね。独自の発想でまとめていますね。 |
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各巻で変わる「闇の魔術に対する防衛術」の先生
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松岡 | どこかで見たようで全然見てないんですね。初めてのアイデアが多いですね。 |
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藤田 | そうですね。しかし次から次にどうしてこういうアイデアが出てくるんでしょう。不思議ですね。
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松岡 | 決して前の繰り返しや焼き直しじゃなくて。「闇の魔術に対する防衛術」の先生は毎回かわり、毎回くせ者で、第三巻のルーピン先生など非常に魅力的な、陰のある男になっていますね。
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藤田 | 「闇の魔術に対する防衛術」の勉強だとか、変身術だとか、魔法薬学、薬草学、呪文学、天文学とか。
これから全七巻まで、どんな展開になっていくか、もちろんまだわかりませんが、しかし、これを子供たち、あるいは読者に飽かせないで読ませるというのは、しかも、こんなに厚い本を読ませるのは大変な才能だと思いますね。
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松岡 |
これはもともと重い本なのですが、これ以上重くなると子供が学校に行くときに電車の中で読むのが大変だろうと思い、第三巻の日本語版は、一行の字数と行数を増やして厚くならないようにしたのですが、翻訳作業は二割増しなんです。 ただ、第四巻は、一冊にすると、それこそ聖書か広辞苑かというような厚さになるのではないかと思うので、もしかしたら二巻に分けるかもしれません。 |
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活字を使い分けてイメージを膨らませる
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あわや | 日本語訳は本当にすばらしいんですが、活字をいろいろ使い分けていらっしゃいますね。原書はどうなっているんですか。
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松岡 |
ほかの所に別な活字を使ったのはなぜかと言いますと、J・K・ローリングのオリジナルにヒントを得たこともありますが、各章の扉だけは挿絵を使っていますが、本文中に挿絵は使えないからです。それは著者が、子供の想像力で、活字のなかから自分の世界をつくってほしいと考えたからで、表紙も主役の顔は出してほしくないと。それを忠実に守っているのは、日本とオランダだけで、そのほかの国の表紙は顔をもろに出していますが。 そういうことで全く挿絵が許されない中で、イメージを膨らませる手段としていろいろな活字を使ったんです。 わかりやすいのは、第二巻に出てくるヘビ語で、ヘビ語が大きな役割を果たして、壁の向こうから声が聞こえてくる。その怪しさを、幽かな声を表現するのにかすれた文字の活字を使っているんです。それは印刷屋さんになかったので、買ってもらいました。これは自分の思いどおりの活字になりました。 手紙の所は手紙らしく、森の番人のハグリッドの文字はへたくそな文字、ハーマイオニーはきちっとした文字というイメージを膨らませる努力をしました。 活字で表現できる所はできるだけ表現したいと思い、使いました。 |
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あわや | それは大変なことですよね。 |
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藤田 | 訳者であると同時に出版社ですから、わりと自由にできたわけですね。 |
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松岡 | 自分の思いを込めてすみからすみまで全部思いどおりにつくりました。 |
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藤田 | 成功の原因はその辺にもあるかもしれませんね。 |
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三歳から九十八歳までの愛読者カードが
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藤田 | 読者の年齢比などはアンケート用紙で判断なさっているんですか。 |
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松岡 | 愛読者カードや書店さんが購買層を分析して下さってます。普通、愛読者カードは一%戻ってくれば喜ぶべきなんだそうですが、うちは一・四三%戻ってきてます。
しかも、長い手紙やプレゼントを送ってくるんです。自分でつくったハリー人形とかハリーのお誕生ケーキを送ってきたり。そういう熱狂的な人たちもいます。 愛読者カードだけを分析すると三歳から九十八歳まで。三歳の子はお母さんに読み聞かされて、それを楽しんでいる。やはり何か感じるんでしょうね。だから、年齢層が広いのがまず一つの特徴です。 それから、愛読者カードは男性は書かないというのが定説で、だから当然女性のほうが多いのですが、ただハリーと同じ年齢層の中学生ぐらいでは、男の子のほうが多かったときがあります。 それから、友の会という愛読者のファンクラブのようなものがあり、そこのボランティアに男の子の世話人がいて、ハリー・ポッターのことなら何でも知っている。数から言うと、ハリーと同じ年代の子が一番多いです。 |
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七巻全部が一本ずつ映画に
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藤田 | いよいよ映画にもなるんですね。 |
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松岡 | はい。日本では十二月一日に封切されます。七巻全部、一本ずつできるはずです。ですから今、十一歳で選ばれた子役たちは十七歳になりますね。その子役たちの運命も変わるでしょうね。
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藤田 | 映画になるとブームにさらに火がつくんじゃありませんか。 |
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松岡 | ええ。出版社としては本が売れますから、喜ぶべきことなんでしょうが、翻訳者としては複雑です。私の持っているイメージとどうしても食い違いますから、見たくない気持ちもあります。せっかく挿絵を控えているのに、映画のイメージで本を読んでしまう。自分なりのハリー、自分なりのロンを思い浮かべていた人たちが、やはり映像に影響されてしまう。
もちろんこの映画はローリングも気を使って、原作に忠実であるように、それからアメリカ英語を話すハリーには耐えられないということで、子役も、すべてイギリス人です。ロケも全部イギリスのグロスター寺院と、その近くにセットを構えて行われた。 日本ワーナーやロサンゼルスのワーナーの本部の方とは何度かお話をしているから、撮影情報などは早くから入っていますし、それから今、松竹系で短い予告編が宣伝で流されています。 字幕や吹替えにも、監修という形で私が参加をすることになるので、原作のイメージを映画が大切にしてくれるという姿勢は感じています。 |
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藤田 | 今、活字離れということが言われていますが、本当に読者のニーズにぴったりしたものが送り出されれば、みんな活字の世界に飛びつくということでしょうね。それが大出版社ではなく、静山社でおやりになったというのは非常に愉快なことですね。
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松岡 | パブリッシャーズ・ドリームと言われて、出版する者であれば、そういうことを一度は経験してみたいと思うでしょう。それがかなえられたというのは本当にありがたいことです。
それから今は子供が本を読まなくなったという世相の中で、子供に爆発的な人気を得るのは、一つの社会現象として希有なことですし、だからこそ児童書という形で話題になるのは当然だと思います。子供に訴える本がつくれたのはうれしいと思っています。 |
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藤田 | 少なくとも児童書の枠を超えて読まれているのは非常に愉快ですね。 |
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あわや | 著者が、自分が光栄に思い、うれしいのは、子供たちがテレビゲームをやめ読書に没頭している姿を見るときだ、と書かれていましたね。
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松岡 | この本の誇りとするところはそこだと。 |
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子供が持っている潜在能力を引き出す
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あわや | 現代の子供にはバーチャル世界があるわけですね。大人たちは、子供にとってバーチャル世界は一体いいのか悪いのかという論議をしていますが、実はもう一つ想像力の大きな世界があるということを忘れてしまう。ついバーチャルの是非の話になっていると思う。だから、著者が圧倒的なイマジナリーの世界をつくりあげたということは本当にすばらしいことですね。
結論として言うならば、子供が持っている潜在能力を、この本は引き出したと思います。結局それは眠っていたわけですよ。現代の子供たちが開かなかった扉みたいなものをハリー・ポッターがあけてしまった! |
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松岡 | 魔法ですね。 |
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あわや | ええ、それが本当に魔法なんじゃないかな。これは教育改革のレベルなんかをぶっ飛ばして、子供たちをよみがえらせた一つの本だと思いますね。
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松岡 | 能力をよみがえらせたという意味では、異次元ワープして、私が小さいときに読んだ児童書のその子供の心に戻ることができた。その眠っていた能力もきっと引き出されたんだと思いますが、本を読んでいて、せりふが、声が聞こえるんです。それから色が見えてくる。においさえしてくる。そういうイマジネーションの世界が花開く。そういう文章力というか構想力がこの本の中にはたっぷりあって、バーチャルなコンピューターゲーム、ビデオゲームが押しつけられたものであるとするならば、
これは、読む人一人一人の頭の中でつくり上げられるイメージの世界です。音、におい、色の世界を視覚的に、聴覚的に嗅覚的に呼び覚まさせてくれるものを持っていると思います。
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藤田 | そういう意味では、松岡さんの翻訳も大変いい翻訳で、つまり、いい文章とはイメージの喚起力を持っていることだと思うんです。これを読んで、イメージがパーッとよみがえってくる文章だと思います。ですから、原作もですが、翻訳もすばらしいから、多くの人に読まれているんだと思います。
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松岡 | ありがとうございます。私は必死で自分が感じた原作のよさを日本の読者にそのまま伝えたいという思いでやっております。
魔法使いになるためには、ホグワーツ校の教科書もぜひ読んでください。 |
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藤田 | きょうは楽しいお話をありがとうございました。 |
まつおか ゆうこ |
一九四三年福島県生れ。 |
あわや のぶこ |
一九五一年静岡県生れ。 |
著書『逃げる男』廣済堂出版1,680円(5%税込)、 訳書『女は結婚すべきではない』中央文庫860円(5%税込)、ほか。 |