Web版 有鄰

『有鄰』最新号 『有鄰』バックナンバーインデックス  


有鄰


平成14年12月10日  第409号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 戦前・戦後の横浜 (1) (2) (3)
P4 ○米屋和吉夫婦の「関所抜け」  金森敦子
P5 ○人と作品  渡辺淳一と『シャトウ ルージュ』        藤田昌司

 人と作品

男女の性をめぐる前人未踏のテーマの実験的小説

渡辺淳一とシャトウ ルージュ
 

書名(青字下線)』や表紙画像は、日本出版販売(株)の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売(株)が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.comの【利用規約】や【ご利用ガイド】(ともに外部リンク・新しいウインドウで表示)
を必ずご一読くださいませ。



  『失楽園』の対局にある男女を描く

 『失楽園』から四年半。『シャトウ ルージュ』(文藝春秋)は男女の性をめぐって前人未踏のテーマに分け入った実験的小説である。「『失楽園』は、世間から認知されていないダブル不倫の二人の中年の純愛を描いたわけですが、こんどは理想の夫婦として認知されていながら身も心も離れ離れになっている男女という、『失楽園』とは対局にある二人を描く構想だったわけです」

渡辺 淳一氏
渡辺 淳一氏
 物語はエリートの病院勤務外科医で三十三歳の〈僕〉が二十七歳の妻月子を伴ってフランスへ旅行するところから始まる。

 月子は色白の美人で、聡明で、しかも老舗の製薬会社社長の娘。はた目には理想の妻だ。だが、〈僕〉はそんな月子を愛しながら憎んでいた。セックスをほとんど許してくれないのだ。夫としてこの屈辱には耐えられない。今回のフランス行きもセックスをしないという条件つきだった。パリでレンタカーを借り、フォンテーヌブローの森に来た二人は、午後の陽ざしの中、のんびりと散策を楽しむ。そのとき突然、暴漢が現われて〈僕〉は打ちのめされ、月子は拉致されてしまう。

 じつは〈僕〉が友人を通じて秘密結社に依頼した策謀だった。月子は中世の古城シャトウ・ルージュに幽閉され、仮面をかぶった男女から、性のドレサージュ(調教)を受けるのである。「ボルドウの、古いシャトウに泊まったことがありましてね。豪華で怪しげで、ファックスを送りに部屋を出たんですが迷宮の中みたいでした。出入りはハネ橋一つです。ええ、ここがシャトウ・ルージュのモデルです」

 月子はシャトウ・ルージュでどんなドレサージュを受けるのか。〈僕〉はそれを一方側からだけ見えるガラス窓を通して観察し、また帰国後はパソコンのサイトにその画像を送信してもらって観察する。そのドレサージュの実態が、この作品の読みどころの一つではあるのだが、それをサワリだけ紹介しては読者の楽しみを侵害することになるのでひかえよう。

 ただ、その流れだけを言えば、最初はやさしいマッサージやカレッス(快擦)。徐々に露骨さを増し、〈僕〉はいたたまれなくなり、「やめろ!」「やめろ!」と口走りながら身もだえるほどになる。

  女文化の時代になり男らしさを全面に出す時代は終わった

 「性的不一致があっても、かつては夫はオレについてこいといって、力ずくでねじ伏せていた。女は子供をつくればそれでいいと考えられていたんですね。しかし、この二、三十年来、女文化の時代になり、それでは女は納得しなくなった。男らしさを全面に出す時代は終わったんです。ジェンダーがぶつかり合い、女文化の時代になった。そういうところから、月子という人物が生まれてきたんです」

 この小説は二つの点でサスペンスフルである。一つは月子を幽閉した〈僕〉の策謀がいつ露見しはしないかという危惧。〈僕〉は事件を誘拐に仕立て上げ、誘拐犯人から言ってきた身代金を三百万フランと月子の両親に告げ、それを出してもらっているのだ。

 もう一つは、ドレサージュの結果、月子はどうなっていくのか。レッスンは三か月の予定(実際は二か月半で終了)で、最後に近づくにつれ月子の性に対する態度は信じられないほど大胆に変貌する。〈正直いって、月子が僕を容易に受け入れるようになることを望んではいたが、月子がいまのように性的に成長することまでは望んでいなかった。……しかし現実の月子は、僕を受け入れるのと同じくらい、あるいはそれ以上に、性的にも貪欲になっているようである〉。

 クリスマス・イヴの前日、月子はパリのチュイルリー公園で、〈僕〉に引き渡される。その夜は〈僕たち夫妻の再生の夜だから、新婚旅行のときに負けない、デラックスな雰囲気の部屋にしよう〉。そんな〈僕〉の気負いをよそに、その夜は何事もない。「やはり、疲れているのかもしれない」と〈僕〉は思いやる。だが、その状態は帰国後も凍結したように続くのだ。ついに我慢しきれなくなって暴力的に犯せば、何の反応も示さない。夫婦の仲は以前より冷たくなってしまったようだ。 そしてその挙げ句、意外や意外という事態が起きるのだ。

 もう一つ、意外なことが、“場外”でも起きている。「眉をひそめるようなものを書いてみたかった」と作者のいうこの小説が、何と女性読者の間でベストセラーになっているのだ。だから結末の意外さも、女性読者にとってはきわめてリーズナブルなのかも。

 渡辺淳一著
 『シャトウ ルージュ
       文藝春秋 1,600円(5%税込) ISBN:4163204202

(藤田昌司)


(敬称略)


  『有鄰』 郵送購読のおすすめ

1年分の購読料は500円(8%税込)です。有隣堂各店のサービスコーナーでお申込みいただくか、または切手で
〒244-8585 横浜市戸塚区品濃町881-16 有隣堂出版部までお送りください。住所・氏名にはふりがなを記入して下さい。







ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.