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有鄰


平成14年5月10日  第414号  P2

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 横浜港大さん橋 (1) (2) (3)
P4 ○横浜・野毛−大道芸人がやって来る街  森直実
P5 ○人と作品  阿川佐和子と『いい歳 旅立ち』        金田浩一呂

 座談会

横浜港大さん橋 (2)



初めての客船専用ターミナルとして整備

編集部 大さん橋は、昭和三十九年の東京オリンピックのときに整備して以来、老朽化が進み、今回新しく整備されるに際しては、クルージング時代に対応できるものになるとうかがいましたが。

田中 
明治初期の波止場
明治初期の波止場(手前が象の鼻)
三代広重「横浜海岸通之図」(部分)
神奈川県立歴史博物館蔵
明治後期の波止場
明治後期の波止場
(旅客上屋がつくられるのは大正6年)
大さん橋は、客船専用バースになります。クルージングが起こったのはアメリカを中心として、所得が上がり、お客さん層ができた時代ですから、恐らく第一次世界大戦後ぐらいだと思います。 それまでは客船専用というのはそんなに需要がないから、ほとんど貨客船か貨物船のどちらかで、純粋な客船は非常に少なかった。

大さん橋も貨物船と客船と両方扱っていたし、新港ふ頭もそうでした。

だから、大さん橋は客船ターミナルとして整備されたのではなくて、あくまでも船が直接岸壁に着ける所として整備されました。 一般的には二つの荷役の仕方があります。一つは直接岸壁に着けて荷役をするのと、もう一つは、はしけにおろして、はしけで荷役をするのと、二つあったわけです。

大陸と大陸の間を往復するコストと、荷役のコストの構成比から言うと、今の荷役コストの構成比に比べて、昔は荷役コストがそんなにシェアを占めていなかったから、はしけ輸送も大きな役割を果たしていました。

大さん橋はそれまではあくまでも貨客船ターミナルであって、純粋な客船ターミナルとしては、今回が初めてなんです。大阪、神戸、東京に比べると、約十年ぐらい遅いんです。

 

  老朽化した桟橋に十二万トンの水がぶつかると危険

金田
横浜港と内防波堤
横浜港と内防波堤
(中央の白い部分は新港ふ頭の予定地)明治39年
それから明治時代につくった桟橋ですから、ものすごく老朽化している。なぜあそこが桟橋かというと、下が砂地なんです。もともと横浜の名称にある、横の浜ですね。砂地で一番杭が打ちやすい。今のような鋼管ではなくて、らせん形になっている鉄の杭ですね。それが古くなって著しく老朽化してきた。

例えば、七万トンのクィーンエリザベスIIが岸壁に着くとき、周りの水(負荷水量)が一緒に動くんです。船の排水量の半分ぐらいの水が船と一緒に動くから、七万トンだったら総量が約十二万トンになり、 それがドンとぶつかるという説もあります。船のそばでイルカがよく一緒に泳いでいるでしょう。あれは、船と一緒に水が動いているので、船がすぐ後ろにつくとイルカは労せずして移動できるんです。

だから、十二万トンがぶつかると、古い桟橋は、まず物理的に非常に怖いんです。 

それから横浜市は他港に比べると、専用の旅客ターミナルを持っていなかった。複雑な理由ではなく、シンプルなその二つが理由です。


屋上は波、2階は船をイメージして設計

編集部 コンペで旅客ターミナルの設計者を選ばれたのは珍しいことなんですか。

金田
客船ターミナル2階の出入国ロビー
客船ターミナル2階の出入国ロビー
横浜市港湾局提供
別に珍しいことではありません。というのは、建築の場合は、設計者を選ぶと、設計した人が実施設計をやり、設計監理もやるんです。

横浜港のシンボルとして、また横浜市民の誇れる国際交流の場としてふさわしい施設とするため、優れたデザインを広く国際的に求める方法としてコンペで選定したんです。
あのころは関西国際空港も東京国際フォーラムもコンペでした。むしろコンペでなかったもののほうが珍しいのではないでしょうか。

編集部 設計者はロンドン在住のご夫妻ですね。

金田 そうです。スペイン生まれのご主人、アレハンドロ・ザエラ・ポロさんと、イラン出身の奥さん、ファルシド・ムサビさんです。

編集部 パンフレットの完成予想図で拝見しますと、非常に斬新なデザインですね。

金田 あのスケール感は日本人のものではないですね。全体としては相当な造形感覚だと思います。あの形を鉄でつくるのは非常に高度な技術が必要ですが、デザインとしては斬新であると同時に、伝統的であるかもしれませんね。

例えばヨーロッパの教会とか、石でつくった大きな空間などは世界中に数多くありますからね。

 

  三次元で設計したものを二次元でつくりそれをつなぐ

建築物として建築基準法とか日本の法律とか、実現するのにいろいろ苦労があったと聞きますが……。

金田 非常にオープンな空間ですから、消防法の関係とかではなくて、最初は三次元的に設計してあるわけです。鉄びんとか鋳型に流し込むのは三次元でつくりますね。だけど、鉄板を加工をするときはプレスができないから、二次元で構成していく。

二次元で構成して三次元につくっていくわけですから、それはコンピューターなしにはできない。例えば折り紙があって、遠くから見ると円形に見えるけれども、よく見ると四十八角形になっているとか、そういうことです。

そういう意味で、三次元で設計したものを二次元でつくり、それをつなぎ合わせて、地上に固定していく。固定するのは、すごい精度が要求される。絶対的な精度です。その精度は技術的にも非常に難しい。

編集部 設計者のお二人はハーバード大学でコンピューターを学ばれたそうですね。

むしろ造船関係の人につくらせたほうがつくりやすかったのかな、という気もしますが。

金田 でも、造船技術をもってしてもあんなに難しいものはないと思います。造船だと、真ん中の部分の部品はほとんど一緒で、船首と船尾が違う。

ところが、今回のターミナルは同じ部品が一つもないんです。ですから、部品の並べ方からして大変だったみたいですね。当然、鉄の量もすごい。あんな大きな船はないですからね。

 

  内部は柱を一本も使わない巨大な空間

編集部 工事中のターミナルを拝見させていただきましたが、内部には柱が一本もなくて、大きな空間ですね。それから屋上には芝生があって。

金田 設計者のポロさんは、屋上は波を、二階は船をイメージして設計したと言っています。

桟橋は、長さが四百八十三メートル、幅はちょうど百メートルあるんですが、その地下を幅五十二・五メートルにわたって埋め立てています。建物は新港側・山下側の長辺方向に建物を支えるスロープを配置し、この二つのスロープに、二階の床面と天井面を架け渡しています。天井の高いところでは、約八メートルあります。


街の景観に溶け込んでいる横浜港

編集部 上田さんは、お仕事の関係で海外の港もいろいろご存知だと思いますが、横浜港にはどんな印象をもっておられますか。

上田
終戦直後の大さん橋と新港ふ頭
終戦直後の大さん橋と新港ふ頭
(中央は横浜税関庁舎) 米国防総省蔵
港湾局のパンフレットを拝見させていただいて、私は今まで百ぐらい海外の港に行っていますが、ターミナルだけでこんなに絵になる港は少ないなと思ったんです。

今、世界で一番クルーズ客が多いのがマイアミ港で、年間で約三百万人ぐらいですが、似たような客船ターミナルがポンポンポンと並んでいるんです。今、世界最大の客船は十四万二千総トンですが、それが入るときには約三千人のお客様がご利用になるので、客船ターミナルの何番と何番を合併して使うという感じです。

特に港が大きくなればなるほど、また大きい船が入るようになればなるほど機能化されているのですが、市民と港との一体感は少なくなるし、お客様も乗るためにそこにやってくるという感じの所が多くなってますね。

ただ、マイアミなどでは、客船が好きな方が多いので、港の対岸からは、客船が並んで着いている壮大な景観を見ることができたり、また航路の反対側のマンションには船好きな方たちが住んでいらして、話題の船のデビュークルーズのときなどには、ベランダから鐘や太鼓を鳴らして、「いってらっしゃい!」という声がかかったりとか。そういう意味での面白い面はあります。

私は一九九六年に、「おりえんとびいなす」という船の横浜ワンナイトクルーズに乗ったんです。たったワンナイトだったのですが、そのときに、ご一緒した若いご夫妻が「クルーズがこんなに楽しいものだとは思わなかったし、横浜が、こんなに海の似合うきれいな町だということも知らなかった。このクルーズで本当にリフレッシュできた。 また明日から元気で頑張ります」と言われた。

クルーズと言うと、日本ではタキシードが必要みたいな堅苦しい感じもありますが、実際は若い方にとっても、普通の生活の延長上にある、ちょっとした非日常みたいな形です。私も港が町の景観にしっくり溶け込んでいる横浜のような港は少ないと思っています。

 

  ターミナルはみなとみらいと並ぶ都市再開発の一部

金田
改修前の大さん橋ふ頭と「クイーンエリザベスII」
改修前の大さん橋ふ頭と「クイーンエリザベスII」
横浜市港湾局提供
アジアの方が日本に観光に来られて、どこを見たいかというと、北の雪祭り、温泉、ディズニーランド、それから横浜のみなとみらいに来て、ここら辺のクルーズを楽しんで、景色を見て帰られるということなんです。

だから、横浜のインナーハーバーの部分、みなとみらいから含めて一つの観光地なんですね。今回のターミナルの役割は、初めて本格的な旅客ターミナルを持つと同時に都市再開発の一部なんです。

客船ターミナルの屋上に二・三ヘクタールの広場があります。これは、元町公園と同じ面積で、七月の花火大会のときにも利用できるようにします。二十四時間オープンです。

この三月にできた、赤レンガ倉庫のある赤レンガパークから山下公園にいたる山下臨港線プロムナードと同じぐらいの高さで見えるので、海の見え方はすばらしいものがあります。本当に水面の上に出るような感じで見えます。

外から見ても造形物として非常に面白いし、そこに行っても面白い。

 

  使わないときは演奏会や展示会用に市民に公開

編集部 客船ターミナルはどんな使い方を……。

金田 全体は二階建の建物です。一階が駐車場、二階が客船ターミナルと若干のショップなど、屋上がデッキになっていますが、いつも船が着いているわけじゃない。船が着いてないときは税関施設も要らないので、市民の方が演奏会や展示会などに使えるように、 市民ホール的に公開しようと思っています。

上田 世界的にも、市民の方が利用できたり、景観を楽しめたりという港は少ないと思います。港は外との関係とか、密輸とかいろんなことがあるので、なるべく必要のない人は入れたくないみたいな基本的な考え方を持っておられる場合も多いようです。

そうでない所は町としっくり溶け込んでいるような所もありますが、そういう所は、どちらかと言うと町中の小さな港だったりして、今度は機能的に、乗客の方に対して時間がかかったりなどということもあります。

編集部 かなり大きな船が何隻も泊まれるんですか。

金田 七万トンクラスは両側に一隻ずつの二隻泊まれます。

普通は五万トンクラスが二隻泊まるとか、三万トンクラスが四隻泊まるとか。今年は整備した後ですから入港する客船がかなり多くて、本年度上半期は、昨年度の約70%増になるんです。



編集部 代表的な客船はどういうものですか。

上田 四月には太平洋クルーズでクリスタルシンフォニー(五万トン)が来ました。それからチャイナクルーズでクリスタルハーモニー(四万九千トン)、あと中部太平洋横断クルーズでイギリスのリーガルプリンセス(七万トン)も来ました。



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