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平成16年1月1日 第434号 P5 |
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目次 | ||
○座談会 横浜駅物語 (1) (2) (3) |
P1 P2 P3 | |
○司馬史観と現代 | P4 | 磯貝勝太朗 |
○人と作品 横山秀夫と『影踏み』 | P5 | |
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人と作品 |
兄と亡き弟の幻影とひとりの女…3つの魂が絡み合う連作 横山秀夫と『影踏み』 |
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『クライマーズ・ハイ』と並行して執筆 |
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「私は、努力の人ですからね。冷静に自分を見、地に両足をつけてこそ仕事、と思っています。仕事の悲哀は、作家も他の職業も、全く同じことですよ」と、話す。 目線が低い。平成10年、『陰の季節』で松本清張賞を受けデビューして5年経つが、いまだ「作家」然としていない。警察小説といえば刑事が主役だが、『陰の季節』は、署内人事を担当する「管理部門」の男を主役にし、“新しい警察小説”と評された。 元々、「世の中、わからないことだらけだな、どうしてあの人はあんな顔をしたのかな」と想像をめぐらすのが好きで、ごく自然に「ミステリー小説」を書き始めた。平成3年、「ルパンの消息」がサントリーミステリー大賞の佳作になったとき、最終候補の4作に残ったところで、12年勤めた上毛新聞社を辞めてしまった。その後7年間、フリーで地を這い、独特の視座をたたき上げた。 「佳作でも、本が出るから大丈夫だろうと思ったら、本が出なかった。子供は小学校と幼稚園。もう真っ青になって、漫画原作や雑文書きをして投稿を重ねました。『陰の季節』は7本目。地味な管理部門から警察をみる話を思いつき、7年地べたを這った思いが集約されたようで、書いて手応えがありましたね」 12年、『動機 (文庫/単行本)』で日本推理作家協会賞短編部門賞を受賞。執筆依頼が増え、月に4〜5本も連載を抱えた。一昨年後半は日に3時間の睡眠で働き、ついに昨年1月、心筋梗塞を起こして入院。今は仕事量を減らしている。 昨年8月刊の『クライマーズ・ハイ』(文藝春秋)、11月刊の『影踏み』は、そんな怒濤の3年間に並行して書かれた小説だ。中でも、『影踏み』の目線は低い。 |
忍び込みのプロ“ノビ師”の目で人間をみる筆 |
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主人公、真壁修一は、寝静まった民家を狙い、現金を盗み出す“ノビ師”と呼ばれる忍び込みのプロだ。 小説は、2年間服役した真壁が出所するところから始まる。<修兄ィ、おめでとさん!えーと、まずは保護司さんのとこ?>と、真壁の内耳の奥から双子の弟、啓二の声が話しかける。 啓二は15年前に死んだ。母親が家に火を放ち、両親と啓二は焼死。優等生だった真壁の人生は暗転した。以来、真壁の中に啓二が棲んでいる。短編連作七編。双子の兄弟は互いの影を踏むように会話をし、真壁は愛する女性、久子との幸福に踏み出すことができない。啓二もかつて久子を愛していたからだ。 「今、社会は閉塞的な状況でしょう。煮詰まった感じを真壁、啓二、久子の関係にこめてみようと考えた。人間は自問自答の生き物ですから、死んだ弟とのやりとりで主人公の内面を書きこみ、真壁の孤独感、せつなさを出せればいいな、と」 真壁は、社会の底辺でグズグズと生きる男。一方、初の長編『クライマーズ・ハイ』は、群馬県の御巣鷹山に墜落した日航機事故をめぐる新聞記者のドラマだが、ここでも主人公、悠木和雅は、事件担当デスクとして新聞社内のさまざまな思惑に苛まれる男である。上毛新聞社の記者として現場を取材した経験をもとに書いたが、「新聞記者の自慢話になるのは嫌で、なかなか書けなかった」そうだ。 「私は正義の熱血痛快ヒーローものが書けないんです。実際、現実の生活で、ヒーローなんて見たことがありますか?弱さ醜さをさらけ出した上で、なお一歩踏みだそうとする人間の姿を、本当のかっこよさだと思っています。悪意を抱いたその瞬間、相手に対して優しい気持ちもふっとわき上がった…みたいな、誰もが持っている心のありようを書きたい。同じ泥棒でも忍び込みはスリリングでストイック、職人的な感じがするでしょう。地下に沈んでしまった完璧なワルでなく、地面スレスレにいる“ノビ師”の目で人間をみたらどうか—が『影踏み』を書く動機でした」 真壁は、家族を焼失した衝撃を抱え、幸福への一歩を踏み出せない。停泊する男の孤独。せつなさ。“横山節”というのか、『半落ち』にも『クライマーズ・ハイ』にも、胸がつまる場面がある。 「“泣ける小説”といわれますが、じわじわっときてほしい、というのが本音。読み手の心に響き、じわっとくるというのが、上質な娯楽だと思っているんです」 『影踏み』 祥伝社刊 1,785円(5%税込) |
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