笑われてもいい。
第19回で桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』を紹介する際に「今年のベストワンと言っても過言ではない1冊」と書いてしまったことを早くも後悔する本が現れた。
その本とは、角田光代の新刊『八日目の蝉』である。
何よりもまず、タイトルが秀逸だ。
蝉という生き物は、7年間土の中にいて、ようやく外に出たかと思ったら7日目には死んでしまう。
初めてこのタイトルを目にした時、蝉の死骸を真っ先に想像したのだが、読み進めていくうちに、全く違う意味が込められていることが分かった。
最後まで読み終わった時、主人公を"八日目の蝉"になぞらえた角田光代という作家の凄さに、感嘆せずにはいられなかった。
本書は前半と後半に分かれている。
主人公の季和子が、不倫相手と彼の妻との間に生まれたばかりの女児を誘拐する場面から始まる。
連れ去った赤ん坊に「薫」と名付け、学生時代の友人や、一人暮らしの謎の老女や、女性だけのカルト的集団に次々と身を寄せ、瀬戸内海の小さな島で2人の生活が終わるまでの4年間を描いたのが前半部分である。
後半は、大学生になった「薫」の視点から、現在の彼女の状況と過去の回想が描かれている。
何よりも強烈な印象を残すのは、「薫」に対する季和子の思いである。
事件の発端は不倫相手に対する絶望や憎しみであったかもしれないが、逃亡生活の中、他の何を犠牲にしてもこの子だけは守るという強い意志に、親の愛の何たるかを見せられた思いがした。
それにひきかえ、「薫」の実の母親である恵津子の描かれ方は対照的だ。
どちらが善でどちらが悪ということではなく、子の親になるとはどういうことなのだろうかととても考えさせられた。
誘拐という罪はけっして赦され得るものではないが、道徳的な是非など忘れてしまうほど、この作品に描かれた母性の尊さに胸を打たれた。
『対岸の彼女』でも感じたことだが、角田光代は放浪する女性の寄る辺なさや底知れぬ強さを描くのが本当に巧い。
魚子と葵にちょっぴり憧れた方には、本書も読んでいただきたいと心から思う。
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八日目の蝉
角田光代
著
中央公論新社
1,680円 (5%税込) |
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対岸の彼女
文藝春秋
1,680円 (5%税込) |
直木賞受賞作。
女性同士の強い友情を感じさせる1冊。 |
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